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1 一年生を迎える会
 4月なかばの朝の集団登校の時間です。麻岡真友は小学6年生。今日は朝寝坊をしてしまって、お母さんにしかられてきたばかりで、少々気持ちが沈んでいました。
「おーい、ちゃんとついて来てよ」
列の一番前から、須山瞬くんの声が飛んできます。集団登校では、列の間に低学年の子をはさみ、高学年が前と後ろを守って歩きます。学校までの距離は2キロ。途中、歩道がない場所があるので、事故にあわないように気をつけて行かなくてはなりません。
「あ、カマキリがいる」
突然、一年生の小川たけるくんが、道ばたのカマキリをつかまえようとしゃがみました。すぐ後ろにいた真友は、たけるくんのランドセルにぶつかり、たけるくんを前のめりに転ばせてしまいました。
「だいじょうぶ?ごめんね」
腕をとって起こそうとすると、たけるくんが腕にのせたカマキリを、真友に見せました。
「見て!カマキリだよ」
「わあ、鎌を振り上げてる!」
すると、さらに前を歩いていた2年生のしーちゃんと3年生のあっくんが興味を示して、列を抜けてこちらへやってきました。
「ほんとだ。すごい」
「カマキリ、怒ってるみたいだねえ」
その時、瞬くんの声が聞こえました。
「おうい!後ろ、ちゃんとついて来てよ!よその地域に抜かされるじゃん」
「怒ってるのは、カマキリ・・・じゃなくて瞬くんかも。はあい、今行くよ」
真友は、低学年の子供たちを急きたてて、列に戻りました。

真友たちの通っているA市立南小学校は、小高い丘の上にありました。近くに川があり、春は山からの雪どけ水が流れてきます。校舎の北側に、新しい校舎を建てていて、南側の校庭の真ん中には、大ざくらの木がありました。市の天然記念物であり、南小のシンボルでもあるその木は、毎春、見事な花を咲かせてくれるのでした。
6年生の教室では、朝の会が始まりました。
「みなさん、おはようございます!」
「おはようございます!」
「それでは、朝の会を行ないます。今日の議題は、朝ごはんについてです。みなさんは、今日、朝ごはんは食べましたか?それでは、窓ぎわの一番前の席の人から、答えてください」
すると、
「食べました。昨日の残りのすきやきをごはんにかけたら、おいしかったです」
「ぼくとお兄ちゃんはしっかり食べたけど、お母さんは、野菜ジュースだけでした」
「寝坊して、ちょっとだけしか食べませんでした」
「半分食べて、あとは犬にやりました」
いろいろな答えに、みんなはうなずいたり、驚いたり、笑ったりしました。
みんなの答えを聞いた先生が、最後に感想をのべました。
「朝ごはんは、朝のエネルギー源ですからね。車で言えばガソリンと同じです。しっかり食べれば元気が出ます。さて、今日の1、2時間目は、体育館で『一年生を迎える会』があります。みんなの最高学年としての、最初の行事です。先生はお客さんです。さくら会は、進行役、がんばってください」
すると、クラスの中で一番やんちゃな風間雅紀くんが発言しました。
「さくら会長は、朝ごはんを半分、犬にやってるみたいだけど、そんなんで大丈夫?」
南小では、児童会のことを、さくら会と呼んでいます。南小のシンボル大ざくらの木にちなんだものはいくつかあり、校章にも桜が象られています。そして、今年のさくら会、会長は、加賀見将太くんといって、6年生の中で一番勉強ができる子でした。
「ノープロブレムです」
将太くんは、苦笑いしました。
その他にさくら会役員は3人いて、副会長1人、書記2人の合わせて4人で構成されています。
真友は笑えない気持ちでした。このあと、さくら会書記の1人として、マイクを持って進行役を務めるのは、自分なのですもの。

「大変よ」
副会長の大島ゆいちゃんが、息せき切って、ステージ裏にいた真友のところへやってきました。
「どうしたの?ゆいちゃん、そろそろ始めるよ」
「くす玉がまだ準備できてないんだって」
「えっ?それって昨日、体育館の天井に取り付けていたでしょう?」
「それが、今見たら、下に落っこちていたんだって」
「ええっ?」
体育館にはすでに、2年生から5年生が集合して、待ちわびた様子でざわついています。
「もう、はじまりの時間を過ぎているわ。真友、先に進行始めてて」
「ええっ!?あたしひとりで?」
「わたしは、1年生を廊下で整列させてから戻ってくるし、将ちゃんは、くす玉の取り付けが終わったら来てくれると思うから、それまでの間、がんばって」
「そんなぁ」
真友は、『一年生を迎える会』で、書記として進行役をまかされていました。けれども、ゆいちゃんも隣にいて助けてくれるものと信じていました。進行表通りにいけば、本当なら今頃は、新入生が入場している時間です。
「どうしよう・・・」

その頃、もうひとりの書記の高梨良介くんと工作好きの雅紀くんが、2階のギャラリーに上がり、長い棒を使って、天井から伸びている金具に、くす玉を取り付けていました。その様子を下にいる将太くんが見つめていました。
「お疲れ様!」
「これなら落っこちてこないだろう」
「ただ、本番で開くかどうか。ひもが長いからね。たぶん大丈夫だと思うんだけど」
「試しに引っ張ってみたら?」
「それはだめだろう。今、中身が全部でてきたら、本番に間に合わない」
「そうか。一度試してみるべきだったよな。落ちた衝撃で少しひしゃげちゃったのを、無理に整えたからさ。もしかすると、本番で開かないかも・・・」
「うーん」
「どうする?会長」


 その頃、真友は、体育館入口に控えている新入生と在校生の視線が、痛いほど自分に集まっているのを感じていました。
(ど、どうしよう)
ざわざわとした声が、ガヤガヤとした騒ぎ声に変わっていきます。こんな時、昨年のさくら会ならどうしていたっけ?真友は、動揺をおさえて考えました。新さくら会だって、それくらいのことはできる。あたしが、それをやらなきゃ。そう思ってはいるのに、足がガタガタと震えます。
真友は、勇気を振り絞って、マイクのスイッチを入れました。すると思った以上に大きなブチッと言う音がして、全身が燃えるように熱くなりました。
「静かにしてください」
マイクでしゃべれば聞こえると思っていたのに、思った以上に伝わっていきません。それどころか、ますますざわめきが大きくなり、5年生の男の子がやじを飛ばしてきました。
「そんな小さい声じゃ聞こえませーん」
それを聞いた真友は、大きく息を吸い込み、
「し・ず・か・に・してください!」
大きな声を出したのです。すると、さっきまであれだけざわついていた体育館が、一気にしーんとなりました。そして、次の言葉を言おうとして、それを用意していなかったことに気がつき、あわてました。
「えっと、しょ、少々、う、う待ちください」
(最悪!かみまくりだわ) 
言い終えたところでマイクのスイッチを切ると、会場が再びどっとにぎやかになり、見かねた先生が、真友のところへやってきました。
「真友さん、始まりの時間をとうに過ぎていますよ」
「先生、えっと、その、くす玉が、あの・・・」
先生に責められて、真友は頭の中が真っ白になってしまいました。
「進行できないのなら、先生にマイクを渡しなさい」
(そんな・・・)
真友は思いました。この『一年生を迎える会』は、新さくら会にとって初めての行事です。それなのに、今、進行できないからといって先生にマイクを渡してしまったらどうなる・・・?あたしが弱気なために、みんなが頑張っているのに、新さくら会・・・ううん、6年生全体がだめだって思われちゃうんじゃない?さっきみたいに、下級生にまでからかわれるのは恥ずかしい。真友は、マイクをぎゅっとにぎりしめて、離しませんでした。
「あたし、頑張ります」
そう言うと、先生は深くうなづいて言いました。
「よし!わかった。しっかりやりなさい」
その時、会長とゆいちゃんが戻ってきました。
「お待たせ!真友。進行始めよう」
「うん」
真友は、ほっとしたら涙が出てきたので、みんなに見えないようにして拭いました。
いよいよ、新入生を迎える会の始まりです。新入生の入場とそれぞれの学年の出し物が終わり、いよいよメインイベントのくす玉割りの時間がやってきました。
「それでは、一年生代表の多田冬馬さん、ひもをひっぱってください」
スピーカーからエンドロールが流れ、晴れやかな顔をした一年生代表の男の子が、ひもを引っ張りました。ところが、何度引っ張ってもくす玉は割れず、そしてなんと、くす玉を開くために付けてあったひもが切れてしまったのです。
「あ~あ」
会場のあちこちから、残念そうな声が上がり、ひもを引っ張った男の子が、開かないくす玉を見上げて、泣き出しそうな顔をしました。ゆいちゃんがかけつけて、だいじょうぶよと声をかけるより早く、会長が切れたひもを持ってステージ裏へ入って行きます。 
(あちゃー、失敗だわ。どうしよう・・・)
全身を冷や汗が流れるような気持ちで、真友はパニックになりそうでした。何か言わなくっちゃ、マイクのスイッチを入れてみんなの前へ出なきゃ、とは思うのですが、何と言ったらいいのやらわからず、足も動きません。謝る?それとも、ごまかす・・・?
 その時、さっきまで姿を見せなかった雅紀くんが、腕まくりをしてステージ横にやってきました。
「マイク貸して」
雅紀くんが真友の手からマイクを取って、大きな声で一年生および在校生に向かって言います。
「皆さん、ちょっと失礼します。今ので驚いた人は手を挙げて?」
すると、在校生のおもに低学年の子供達が、たくさん手を挙げました。
「じゃあ成功かな?びっくりさせちゃってごめん。今のはドッキリカメラなんだ」
「ドッキリカメラ?」
「そう」
「ええ、うそ~」
会場から失笑がこぼれます。
「それじゃ、今から、10数え終わるまで、会場の皆さんは、目を閉じていてください。行きますよ」
「ええ~」
「じゅうううう・・・。きゆうううう・・・」
みんながくすくす笑っています。雅紀くんがそうしている間に、おろしてあったステージの幕の裏側で、6年生が別のくす玉を用意していました。
「はーーーちい。あ、先生も目閉じなきゃだめじゃないですか!」
「へっ?」
意表を突かれた女の先生が、すっとんきょうな声をあげ、先生ともども目を閉じることになりました。
「な~な」
そして、舞台裏にいた会長がそでから合図を出すと、放送室にいた良介くんが、効果音を流しました。すると、スピーカーから先ほどと同じエンドロールが流れてきました。
「654321!さあ、皆さん、目を開けてください!」
みんなが目を開けると、ステージ上の幕が上がり、壇上から別のくす玉が現れました。
「えーと、これが、隠し玉。いえ、本物のくす玉です」
会場が和やかな雰囲気になったところで、雅紀くんがマイクを真友に持たせました。
「はい。まったく、新さくら会は頼りないんだから」
じつは会の最中に、雅紀くんは会長と相談して、もしもの時のために、予備のくす玉を準備していたのです。
 そして、くす玉割りのやり直しが行なわれました。今度は、先ほどと違って、ステージ上に新入生みんなで上がってもらい、ひもを引っ張ってもらいました。くす玉と引っ張る人の距離を近くし、一年生のみんなが長いひもに手がかかるようにしました。予備のくす玉は、ぱかりと割れて、中から、
『一年生のみなさん、ご入学おめでとうございます』
と書かれたたれ幕が出てきました。これを見てぱちぱちと拍手をしている一年生たちの姿は、とてもほほえましいものでした。終わりに、在校生が折り紙で作ったメダルを一年生ひとりひとりの首にかけると、会場から自然に拍手が沸き起こりました。
(よかった)
一時温まった会場の雰囲気に、ほっとした真友でしたが、落ち着いてはいられません。最後は、閉会の言葉で締めなくては。
「以上をもちまして、一年生を送る会・・・あ、間違えました。迎える会を終わります。一年生退場・・・」
最後の最後でとちってしまった真友は、マイクのスイッチを切った後には、すぐに家に帰りたい気分でした。

午後の授業が終わってすぐに、会長の将太くんが、真友のところへやってきました。
「放課後、今日の反省会をやるから、児童会室に来てくれる?」
「あ、はい」
放課後になると、将太くん、ゆいちゃん、良介くん、真友の4人は、児童会室のテーブルの席につきました。話を切り出したのは、将太くんでした。
「みんな、今日はお疲れ様でした。今日の『一年生を迎える会』は、成功だったと思う人は手を挙げて」
そこにいた4人のうち、ゆいちゃんだけが手を挙げました。
「じゃあ、失敗だったと思う人は?」
今度は、真友と良介くんが手を挙げました。
「ごめんなさい。あたし、かなり失敗しちゃった張本人だから」
真友が言うと続けて、
「僕も。くす玉が開かなかったのは、僕の責任だもの」
「仕方ないわ。くよくよしても始まらないじゃない」
ゆいちゃんが、発言します。
「ところで、将ちゃんはどっちにも手を挙げていないけれど、成功、失敗、どっちなの?」
「うん。僕はこう思う。僕達さくら会の計画通りに行かなかったという点では失敗。だが、6年生全体でミスをカバーして成功に導くことができたのは予想外の成功だった」
「予想外の成功ね」
会長の言うのもわかるけれど、なんだかどうも腑に落ちないといった調子で、ゆいちゃんが言いました。
「くす玉・・・なんで割れなかったかな」
その時、児童会室の扉をどんどんと叩く音が聞こえました。会長が、どうぞというと、雅紀くんが入ってきました。
「ちは!お待たせ」
「雅紀くん、どうしたの?」
真友が言うと、会長が言いました。
「僕が、雅紀くんを呼んだんだ。今日の功労者だから。今ね、今朝の反省会をしていたところなんだ」
「反省会って、そんなことばっかやっていると、どんどん辛気臭くなるだけじゃないの?まあ、それはともかく。これを見て」
雅紀くんは、手にくす玉を2つ持っていました。
「さっき、開かなかったくす玉がこれ。これさ、開かなくてよかったぜ!実は、中にこんな垂れ幕が入っていたんだ」
くす玉を割って広げると、垂れ幕がさっと広がりました。
「ひゃあ。『6年生のみなさん さようなら』って書いてある・・・」
「これって、6年生を送る会で使うものじゃないの」
「そう。いつの間にか、入れ替わっていたんだ。そして、昨日、良介と俺らが一所懸命作ったくす玉がこれ。この本物は、ゴミ集積所に落ちてたらしい。用務員さんが、たまたま見つけて持ってきてくれたんだ」
「たまたま、転がってゴミ箱にインして、誰かが持ってっちゃったんじゃない?」
「真友ったら、お人好しね。わたしには、なんだかわざと誰かが捨てたんじゃないかって思える」
「そんなことするやつがいたら、俺がとっちめてやる」
雅紀くんが息を荒くして言うと、良介くんは、椅子から立ちあがってくす玉を手に取りました。
「これ、開かなくてよかった・・・」
良介くんが繰り返します。
「これが開かなくて、本当によかった。奇跡だよね。もし、これが開いていたら、会が台無しになるところだったよ」
「そうだね」
将太くんは、上の空で返事をしました。その心は、何か別のことで占めているようでした。
「このことは、先生に話しておくから、みんなは心配しないで。僕、ちょっと思い当たるふしがあるんだ」
 実は、今年のさくら会のことを、良く思っていない在校生がいるということを、将太くんは知っていたのです。このことは、今まで誰にも言っていなかったし、これからも言わないつもりでいましたが、先生だけには話していたのでした。そして、その在校生が、これからさくら会をつぶしにかかってこようと思っていることを、みんなまだ知らないのでした。

2七夕の願い
7月初め、グラウンドで体育の授業を終えた6年生が、へとへとになりながら、水飲み場で水を飲んでいました。すると、早くに教室へ戻ろうとしていた瞬くんが、昇降口の階段から大声で言いました。
「ねえみんな、はやくこっちへ集まって。先生が呼んでるよう」
「ちょっと待って!水をもう一口」
真友が水を飲み、ゆいちゃんがハンカチで口を拭いている間に、浩子ちゃんが言いました。
「もう授業、終わったでしょう。まだ何かあるのかしら」
すると、真友がひらめいて言いました。
「たぶん、運ぶんじゃないかなあ、あれを」
「あれって何?」
ゆいちゃんと浩子ちゃんが不思議そうな顔をしたので、真友はヒントを出しました。
「パンダが好きな植物で、一年に一回、お願い事を書いた短冊をつりさげるもの」
浩子ちゃんとゆいちゃんはすぐに気がつきました。
「ああ、笹のことか。あれ、昇降口に寝かせてあったものね」
見ると、もうほとんどの生徒が、集まっているようでした。
「あたし達も、急ごう」
「うん」
真友もハンカチで手を拭くやいなや、2人と一緒に走っていきました。
みんなで笹を運びました。6本ある笹を5~6人で手分けして抱え、昇降口から廊下を通って体育館へと運んで行きます。
「いっちに、いっちに」
誰かが言うと、
「いっちに、いっちに」
「いっちに、いっちに」
周りに掛け声が伝染して行きます。そこで、誰かが、
「さんし、ご、ろく、しっち、はっち」
と言うと、調子に乗った男子たちが、
「わっしょい、わっしょい」
と言いはじめたので、賑やかなおみこし担ぎのような騒ぎとなっていきました。

3 大運動会
お昼休みになると、最近、グラウンドに2つの大きな集まりができます。何をしているかというと・・・?
「フレー!フレー!赤組!」
「がんばれ、がんばれ!白組!」
応援合戦の練習です。運動会がもう間近にせまっているのです。
 お昼休みが終わり、4、5、6年生がそのままグラウンドに残りました。5時間目に合同体育があるためです。

「あたしのぼうし、知らない?」
真友は、体育のぼうしを探していました。5時間目の体育に必要なのです。すると、ゆいちゃんが話しかけてくれて、探すのを手伝ってくれました。
「水飲み場のところかもしれないよ」
「行ってみよう」
2人が走って行ってみると、そこには、クラスメイトが数名いました。
「ねえ、ここに、体育のぼうしが置いてなかった?」
「これでしょう、はい」
渡してくれたのは、寺沢奈絵ちゃんでした。奈絵ちゃんは、小柄で色の白い女の子です。
「ありがとう」
「ううん。真友ちゃんの名前が書いてあったから、持っていこうとしていたところなの」
「よかったね、見つかって」
みんなで歩いていると、先に集合していたクラスメイトがこちらに声をかけました。
「みんな、こっちだよ。学年ごとに整列しなさいだって」
「はあい」
 先生の指示で、住んでいる地区をもとにして、生徒たちは赤組と白組に分かれます。自分達の呼ばれる番を待っている間に、ゆいちゃんは、メンバーの分析を始めました。
「なんか人がかたよっちゃってる。とくに男子は、白組にばかり運動神経のいい子が集まっているわ」
「ほんとだ」
「はい!あ、呼ばれた。わたしは白組だわ」
ゆいちゃんが言いました。
「奈絵ちゃんは?」
「赤組よ」
「真友は?」
「あたしも、赤組。おてやわらかにね、ゆいちゃん」
「えー?じゃあ、ここからそっちは、敵なの?」
全体が、赤組と白組に分かれたところで、続いて、団体種目とリレーの選手の順番が発表されていきます。
「リレーのアンカーは誰になるのかな?」
「こればかりは絶対、足の速い人じゃなきゃだめよね。アンカーは責任重大だもの。はくだけで足が速くなるくつとか、巻くだけで万能選手になれるはちまきとか、誰かつくってくれないかなあ」
真友がどきどきしていると、奈絵ちゃんがほっと息をついて言いました。
「アンカーは男子に決まったわ」
続いて、団体競技の練習です。いくつかの競技は、前にもやったことがあります。今日は、おもに、騎馬戦の練習をしました。男子の騎馬戦が、活気にあふれているのに対して、女子のは、いまひとつもりあがりにかけていました。そして、真友のチームはとくに、おとなしい子が集まっていて、すぐにぼうしをとられてしまうのでした。

 そして、5月のよく晴れた日。いよいよ、大運動会の日がやってきました。開会式、準備体操、短距離走、玉入れ、綱引き、大玉ころがし、PTAのパン食い競走などがあり、午前の部が終わりました。それぞれが、応援に来てくれた家族のもとでお弁当を食べた後、いよいよ午後の部が始まります。
 ここまでの得点は、赤組が510点。白組が550点です。
 応援合戦は、なんと同点。続く騎馬戦は、高学年の見せどころ。最後の大量得点のチャンスです。とくに、赤組は、ここで負けたらもうばん回のチャンスはありません。
先生の号令とともに、騎馬戦が始まります。
「それでは、男子1回戦をはじめます。騎馬を作ってください。用意、はじめ!」
白組大将の雅紀くんが、掛け声をかけます。
「よし!ガチンコ勝負だ!行くぜ」
対する赤組の大将は、将太くんです。
「みんな、がんばって!」
1回戦は白組の勝ちでした。雅紀くん率いる騎馬隊が、圧倒的な強さを見せました。そして、2回戦にいく前に、作戦タイムが取られました。
赤組大将の将太くんが、味方を集めて言いました。
「2回戦は、絶対に負けられない。作戦を立て直そう」
「白の大将の騎馬がめちゃくちゃ強いよ」
「赤の4年生がほとんどやられちゃったもんなあ」
4年生がしゅんとしてしまったので、将太くんが力づけました。
「大丈夫さ。2回戦めは、大将がぼうしを取られなければいいんだ。そのためには、君たちの力が必要だ。4年生と5年生は、なるべく僕の周りにくっついて、みんなでバリケードを作って、敵の騎馬を近づけないようにしてほしい。いいかな?」
すると、5年生の渡辺慎太郎くんが、
「そんなのつまらない。おれたちの騎馬は攻めさせてよ」
と不満を言ったので、将太くんがうーんと考え込みました。
「それなら、慎太郎くんは、白組大将のぼうしを取ってこられる?」
「それは・・・わかんないけど」
「わかんないなら、だめなんだ。ここは、勝ちにいくための作戦を立てなくちゃならないから」
慎太郎くんは、口をとがらせ、目をそらしました。
作戦タイムが終わった後、6年生の瞬くんが、5年生の慎太郎くんの背中をたたきました。
「めげるなって」
「・・・」
「あっちの大将が強すぎる。赤組が一致団結すればきっと勝てる。俺らの騎馬で団結して、絶対にぼうしをとって来てやる。慎太郎は、大将を守ってくれな」
「つまらねえ。俺の力を封じるやつは痛い目にあわせてやるから」
「何言ってんだ。これは、赤組が勝つための作戦だぞ。慎太郎は、白に負けてもいいのか?」
「負けたくないから言ってるんだ!」
「うん!それじゃみんなで頑張ろうな」
そして再び、先生の号令があり、男子2回戦が始まりました。
「ガンバレ!」
「負けるな!男子」
応援の声が飛びかいます。男子の試合は、怖いくらいにぶつかりあって、すごい迫力です。騎馬は何組もくずれかかっては持ちこたえています。
「今度は、赤が盛り返しているよ!」
「男子2回戦めは、赤組が勝った!」
「次は、あたしたちね」
 騎馬戦女子1回戦目は、始まってからしばらくたっても、両軍なかなかぼうしをとれないでいました。真友の騎馬隊のメンバーは、戦うのをさけて、ぼうしをとられないように、端のほうを走っていましたが、結局、前と後ろではさみうちにされ、白組5年生の騎馬に取られてしまいました。
「ごめん、あっさり取られちゃった」
奈絵ちゃんが申し訳なさそうに言った時、真友は、となりの騎馬隊が激しい戦いをしているのを見ました。足をけったり、髪の毛をひっぱったりしているのです。そしてそれは、赤組5年生でした。しかも、上に乗っている子は、あごにぼうしのひもをかけています。真友は、その子の騎馬隊を引きとめました。
「何すんの!」
「ぼうしのゴムは、外さなくっちゃ」
真友が言うと、騎馬の上に乗っていた赤組5年生の斉藤まりえちゃんが、怒り出しました。
「味方なのに余計なお世話よ!あんたたちなんか、すぐ負けたくせに」
「やめ!」
そこで、先生の声がかかり、女子一回戦が終わり、作戦タイムとなりました。 
 
「みんな、けがしてない?」
白組大将のゆいちゃんがみんなを気遣って言いました。すると、ひざから血を流している4年生や、突き指をした5年生がいて、ゆいちゃんは、せつない気持ちになりました。
「みんな、無理しないでね」
「ゆいちゃんも、傷が」
「あ、これ?大丈夫よ」
「これじゃ、まるでケンカみたい」
「そのようね。赤組はひきょうな手を使ってくるから、みんな気を引き締めて。2回戦めも、がんばろうね!」
 
 作戦タイムの間中、赤組はずっともめていました。
「反則をしたら、した人は負けになるの。ぼうしは後ろかぶりで、ゴムひもはかけないこと、いい?」
赤組大将の柳沢浩子ちゃんが、はっきりと言いました。すると、5年生の斉藤まりえちゃんが、立ちあがって抗議したのです。
「あたしたちが反則をしたというのなら、6年生はどうなんですか?全然やる気がないと思います。逃げ回ってばかりいる6年生に注意されたくないです」
まりえちゃんが、真友の方を見ました。
「あたしたち、赤組のために必死にがんばっているんです。邪魔しないでください」
「そんな」
真友は、言い返したい気持ちをぐっとこらえました。涙で目の前がグラグラと揺れました。あたしたちは、ぼうしをとられないように逃げ回った。それは間違っていない。だけど、結果は、ぼうしをとられてしまった。それはやっぱり悔しい。それに、正しいと思って注意をしたことで、こんなふうに言われるのは悲しい。同じ赤組同士で、どうしてこんなに言い争いをしているのかもわからない。あたしは一体、この騎馬戦で、誰と戦っているんだろう?味方、敵、それとも・・・?
すると、5年生のもうひとりの女の子がおずおずと言いだしました。
「まりえちゃん、ちょっと言い過ぎだよ。反則はやっぱり、しないほうが・・・」
「なによ、裏切るの?」
「ち、違うけど」
見ると、まりえちゃんの騎馬をささえていた女の子達は、足に傷を負っていました。真友は、はっとしました。もしかしたら、この子たちは、まりえちゃんに逆らえなくて、反則は悪いことだって分かっていて、従っていたの・・・?
 赤組大将の浩子ちゃんが言いました。
「もう、作戦タイムはあまりないわ。とにかく、みんな正々堂々と戦って!反則はなしよ!」
真友の騎馬隊のメンバーの、トモとけいちゃんが、ひそひそと言いました。
「あの、まりえって子、自分だけが頑張ってるつもりなのかしら」
「真友も何か言ってやればよかったのに」
「ごめん」
「謝ることなんてないよ。あのまりえって子が生意気なんだから」
「けど・・・あたし達もちょっとたるんでたかも」
「負けてられないね」
「うん」
そこで、けいちゃんが提案しました。
「奈絵は、正直、騎馬に乗るには性格が優しすぎると思うの。白組大将のゆいに対抗するには、真友が上に乗った方がいいんじゃない?」
「あたしが?」
「十分戦えると思う。腕も長いしさ」
「そうだよ、下はあたし達が支えるから、上に乗りなよ」
奈絵ちゃんもこれに同意しました。
「真友ちゃんがやる気なら、あたしは下で支える。こう見えて、結構力持ちなの」
「わかった。みんながそう言ってくれるなら」
真友は、3人の騎馬に乗りました。
「ごめん、重いでしょ」

「用意、始め!」
騎馬戦女子2回戦が始まりました。騎馬戦もこれが最終決戦です。ここで、赤組女子が勝てば、逆転できます。。
「真友、行けーっ」
一番に白組大将のぼうしを取りに行ったのは、真友の騎馬でした。ゆいちゃんは、真友の攻撃をひょいとかわして逃げます。
「危ない、後ろ!」
けいちゃんの声にはっとし、後ろから来る騎馬に応戦している間、まりえちゃんの騎馬が、ゆいちゃんの騎馬へ突入しました。
「みんな、お願い!」
ゆいちゃんが手を挙げて声をかけると、白組の騎馬が2騎やってきて、まりえちゃんのぼうしを取りました。
仲間の騎馬が次々とやられていく中、真友の騎馬は、浩子ちゃんを守ろうと懸命に応戦していました。
「浩子ちゃん、右よ!」
「前、前、前!」
前方へ逃げたはずのゆいちゃんの騎馬隊が目の前にいるのに気がつかず、あっと思った時には、浩子ちゃんのぼうしはなくなっていました。
ゆいちゃんの騎馬隊は、風のようにくるくる回りながら、赤組の包囲網を破ってきたのです。
「やめ!」
終わってみると、なんと、白組大将ゆいちゃんは、4つもぼうしを取っていたのでした。
「白組の勝ち!」
勝ちが告げられると、白組女子から歓声があがり、ゆいちゃんの騎馬は抱き合って喜びました。

 騎馬戦が終わった後は、フォークダンス、そして最後に全校リレーを行なって、大運動会は閉会式をむかえ、幕を閉じました。終わってみると白組の勝ちでした。
 全校生徒が参加賞をもらい、それから、PTAのお父さんとお母さん、6年生は、片づけのために居残りをして、その後、解散となりましたが、生徒達は、まだおしゃべりを続けていました。
大ざくらの木の根元では、ゆいちゃんと真友が話をしています。
「びっくりしたわ。真友が、本気であたしにむかってくるんだもの」
「あたしも・・・自分でびっくりしてた。ゆいちゃんの騎馬こそ、まるでつむじ風みたいに、みんなのぼうしを巻きあげて・・・すごかったよ」
「どうしても、勝ちたかったの」
「どうしても?」
伸びをしていたゆいちゃんが、上げていた手をおろして真友を見ました。
「真友は、あんまりそういうことってなさそうよね」
「そうかな」
真友は、それは、いつもなんでもできるゆいちゃんと一緒にいるせいかもしれないと思いました。ゆいちゃんに勝とうだなんて思ったことは一回もないのです。目立つことも好きではないし、誰かに勝って闘争心を燃やされたら、どうしたらよいか分からなくなってしまうのです。
「知ってるわ。負けるが勝ちってこともあるもの。ね、そうでしょ?真友」
そう言われると、それとはなんだか違う気がするのですが、なんて表現したらよいかわからず、真友はうなずくことしかできませんでした。


3夏休み

夏休みの宿題は、最初のうちに片付けちゃおう。そうすれば、最後になって困ることもないんだから。そうだ、今年こそは、絶対にそうするんだ。夏休み前に、そう心に決めていた真友でしたが、いざ、夏休みが始まってみると、毎日がうきうきして、宿題のことなんて考えていられませんでした。毎日、近所の公園へでかけて、のら猫を探したり、つばめの巣を見に行ったり、地面を歩いている蟻の行列を観察したり、水連の葉の下に隠れているかえるを見に行ったりして、過ごすことが、とても楽しかったからです。

家の近くの公民館のとなりには、神社がありました。神社にいる蟻は、家の庭にいる蟻よりも大きいので、真友は不思議でした。何を食べているんだろう。大きいのは、いいものをたべているせい?それとも、元々、種類が違うから?

ちょうどその頃、神社の横を通りかかった瞬くんは、真友がうずくまって地面をずっと眺めているのに気がついて、自転車を停めて近くにやってきました。

「真友、何やってるの?何か落し物?」
「ううん、そうじゃないわ」
まさか、ただ蟻を観察していただけなんて、なんとなく言えませんでした。
「瞬ちゃんは、どこか行くところ?」
「まあね。アイスでも買いに行こうかと思ってさ」
「へえ、いいな。あたしもお財布もってくればよかった」
「うまい棒一本くらいなら、おごってもいいぜ」
「ほんと?やったぁ、じゃあほんのちょっぴりちょうだい」
「なんで?遠慮?一本丸ごともらっておけばいいじゃん」
真友は、自分で食べるために、瞬くんからうまい棒をもらおうと思っていたのではなく、蟻にやろうと思っていたのでした。
「嘘、冗談!食べない。いらないよ」
「なんの冗談?全然、おもしろくないんだけど?」
瞬くんは、首をかしげて、それから、神社の端にあるブランコに乗りました。
「あ~暇だなぁ。何かおもしろいことないかなぁ」
「瞬くん、アイス買いに行くんでしょう?野々屋に行けば、誰か遊び相手がいるんじゃない?」
夏休みは、野々屋の前で男の子達が集まって、どこかへ遊びに行くのが通例でした。なので、好きな男の子がいる女の子は、わざと、用もないのに店の前を通りかかって、誘われるのを待つのでした。そして、逆に、男の子を待ち伏せして、デートに誘う女の子もいて、瞬くんも何回か誘われました。最初は、ちょっといい気分だった瞬くんも、この頃は、何回も誘われて、うっとうしい気がしていました。
「まゆちも、来ればいいじゃん」
「あたしは、いいよ」
「こんなとこに一人でいたって、つまんないじゃん」
「つまんなくないよ。それに、一人ってわけじゃないもん」
「誰と遊んでんの?」
瞬くんは、周りを見回しましたが、真友以外には誰もいなかったので、不思議に思いました。真友は、瞬くんに説明しました。
「家を出る時は、のら猫と一緒だったの。公園まで来た時、猫が塀の上をよじ登ってよその家の庭へ行ってしまったから、猫とはそこでお別れしたわ。それから、ほら、電線にはカラス。カラスには、若いカラスと長老様がいるのよ。ほら、あそこへ飛んできたのは、長老様。鳴き声で区別できるの。畑のトマトを食べようと狙っているんだわ。それに、今は、蟻の巣を観察していたところ。見ているとおもしろいのよ」
「遊んでるっていうよりは、自由研究のネタ探しって感じだな」
瞬くんに、そんなふうに言われることは、百も承知していた真友は、言い返しました。
「ものを言わない動物や虫とはおしゃべりできない。だから、よく観察して、何を言いたいのか考える。そうやっているとだんだん、動物や虫とも、お話をしているような気持ちになれるのよ」
「そんなこと考えたこともないや」
瞬くんと話していてふと地面を見ると、蟻の行列がせっせとなにかを巣へ運んでいます。
「蟻ってこんなに小さいのに、自分の体より大きな荷物を運んで、偉いなあ」
「体が小さい分、荷物も軽いんだと思うよ」
「じゃあもし、蟻を人間くらいの大きさにして、人間とレースをしたらどうなるかな。地下倉庫へ食糧を運び込むレースかなにか。力持ちで集団意識があって目的が一致している蟻たちのほうが勝ちそうじゃない?」
蟻の行列をじっと見ていた瞬くんは、近くの木の枝を拾って、蟻の行列の前に置きました。それから、ポケットからクッキーの包みを取りだして、そのくずを蟻の前に落としました。
「ほれ、甘いもの攻撃」
「そんなことしても、蟻の邪魔をしたことにはならないわ。ゆっくりでも少しづつ進んでいって、ついにはちゃんと巣へ荷物を運んでいくんだから。瞬ちゃんも、ずっと見ていればわかるわ」
「そうか」
一所懸命話し終わった時、瞬くんが、神社の御神木のさらに遠くを見て言いました。
「犬がいる!」
「え、犬?どこに?」
「白い犬が河原の方へ走って行った。行ってみよう!」
言うより早く、瞬くんと真友は、犬を追いかけて走りました。

河原の遊歩道を、さっきの犬は、上流のほうへ走って行きます。
「ねえ、あの犬、どこの犬だろうね。どこかから逃げ出して来たのかな」
瞬くんは、面白そうなことを見つけたとばかりに言いました。
「よし、俺は、今から名探偵になってあの犬の謎を解くから」
「名探偵?」
「そう。まずは、あの犬を尾行しよう」
「瞬くん、尾行って言っても、どこにも隠れるところがないよ」
「犬に見つからなければいいとしよう」
「わかったわ」
「お?犬が立ち止まった」
真友は、小さな蟻の観察も面白いけれど、大きな犬を見るのはもっといいと思いました。白くてふさふさの毛は、どんな手触りだろうと想像するのでした。あと20メートルくらいまで近づいたところで、犬が座り込みました。
「おっきい犬だねえ」
真友がさらに近づこうとすると、瞬くんが後ずさりします。
「これ以上近づかないで、一旦、様子を見ようぜ」
「え、やっと追い付いたというのに?」
「だってさ、あの犬、すごいでかいから、怖いじゃん。襲ってくるかも知れないよ」
「まさか」
犬が振り向き、その目が2人をとらえたようです。
「んじゃ、俺、逃げようっと・・・じゃない、用を思い出した。後は任せたぜ!」
「え?」
犬は、ゆっくりとした足取りでこちらへ歩いてきます。近づいてみれば、それはまるで、毛のふさふさした巨大な白い動物といった感じでした。瞬くんの姿は、もう見えなくなっていました。
「なんて逃げ足の速い名探偵なの」
真友があきれ顔で言うと、白い犬は、真友のそばに来て尻尾を振りました。
「君の方は、名犬ジョリーって感じだわ」
犬がしっぽを振るのを見ていると、家にある掃除用のハタキを思いだします。
「しっぽしっぽ、しっぽよ。あなたのしっぽよ~」
真友が昔どこかで聞いた歌を歌ったら、犬がさらに大きくしっぽを振りました。なんだか、意気投合したみたいです。
「よし、君の行きたいところはどこ?あたしも一緒に行くから教えて」
真友がそう言うと、犬は、しばらく座って真友の顔を眺めていましたが、やがて立ち上がり、歩きだしたのでした。
 河原の遊歩道は、橋のところで二手に分かれていました。一方は階段をのぼって橋の上へ出る道、もう一方は、橋の下をくぐってさらに川の上流へとつながる道です。真友は、低学年の頃、学校の行事でヨモギ取りに来たことがありますが、こんなふうに一人で来たことなんてありません。知らない犬と一緒に歩くだけでも楽しいというのに、リードをつけて犬の散歩をしているのではなくて、犬にリードされて歩いているのだなんて、こんなちぐはぐさは、もう最高です。できれば、この様子を誰かに見せつけたい。それには、この階段を上って通りへ出たいなぁ・・・。
 そんな真友の気持ちとは関係なく、白い犬は、階段を上らずに、橋の下の道を選びました。そのままなだらかに坂を下りて行き、橋げたの近くまで来た時、走りだしました。
「急にどうしたのかしら?」
白い犬は、地面のにおいをかいでいます。そして、くーんくーんと鳴きながら、橋げたの周りをまわるのでした。それから、少し小走りになり、河原の小道へ戻ってきたかと思うと、勢いをつけて走り始めます。
「待って!」
真友も、100m走の時みたいに走ります。白い犬は、どんどん走って行き、とうとう道の終わりまで来て、街道で左に曲がりました。歩道をどんどん歩いて、信号のところまで来て止まり、はあはあと舌を出して座りました。
「道がわかるのね?」


2011-10-18 02:21  nice!(0)  コメント(0) 
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