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別天地へ行け 17 非常識のなかの真実 [地下世界ヲ脱出セヨ 乃亜シリーズ♪]

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17非常識の中の真実

「チャイムを鳴らすのが、あなたの仕事だなんて、知らなかったわ」
「僕の家の仕事なんだ。この太鼓は、代々受け継がれてきたもので、特殊な叩き方を習得してはじめて、谷のオルゴールが反応して、チャイムが鳴る」
「そういう仕組み? 難しそうね」
「この太鼓を叩くには、感覚を研ぎ澄ますことが大事で。空気に含まれる湿度や流れを感じ取れるかどうかが重要なんだ」
蓮が、珍しく得意げな顔をしたので、乃亜は、意外だった。勉強はともかく、感覚的なものは、自分のほうが敏感な気がしていたからだ。
「ねえ、たとえば、私が太鼓を叩いたら、オルゴールを鳴らせるかもしれないわよ。やってみてもいい?」
「いいよ、はいどうぞ」
嫌な顔をされて断られるかと思っていたので、乃亜はめんくらった。
「えっ、ほんとにいいの? おかしな時を、お知らせしちゃうことになりそうだけど」
「それは、そうだけど……たぶん平気さ」
そういった彼の顔は、どうせ太鼓は鳴らないだろうからと、描いてあるように見えた。

トン、トン、トン。トトトト、トントン。

乃亜は、恐る恐る、太鼓を持ち、右手で叩いてみたが、メロディーは鳴らなかった。かわりに、鳥たちが、ピーっとさえずった。
「やっぱり、このへんでやめておくわ。もしチャイムが鳴っちゃったら、責任取れないもの。はい、大切な太鼓は、お返しします」
太鼓を蓮に、丁寧に返すと、乃亜は、座り直して、のびをした。

「家系で決まっているものって、その家ごとに、いろいろあったりするのでしょうね」
「どうかな? あんまり家のことをよそにしゃべらないからわかりにくい世の中だよ。子どもに親は選べないから、好んで受け継ぐものもあるだろうし、そうでないものも当然あると思うけど。乃亜だって、仕事を手伝ってきただろう?」
「そうね。うちには、セラミックを焼く窯があるわ。ただ、昔からある訳じゃなくて、父さんが作ったものよ。うちの家系は、みんなの常識とは違っているかもしれないってことが、大人になるにつれてわかってきたの」
蓮は、興味深そうにうなずいた。
「僕は、昔から受け継がれてきたものの中に、大切なものがあると考える。地下世界の未来は、今、非常識だとされていることを深く掘り下げることで、突破口が開けるんじゃないかと思っているよ。そう、たとえば、ぼくの家には、太鼓のほかに、こんな歌が伝わっている」

すると、蓮は、ささやくような調子で、歌を歌いはじめた。

「蛍の光、まどのゆき
ふみよむ月日、かさねつつ
いつしか年も、すぎのとを
明けてぞけさは、別れゆく

蛍の光、おいかけて
めざすははるか、ひるのほし
いつしか年を、すぎるよも
明けてぞけさは、別れゆく」


「鐘のメロディにのせた歌ね。チャイムは、いつも聴いているのに、歌詞があること、初めて知ったわ」
「へたくそで申し訳ない」
「誰が歌っても一緒よ」
「そうかな。この歌は、『蛍の光』って云うんだよ。
『蛍の光』か。それって、蛍石の光のことかしらね? 蛍石なら、見たことがあるわ」
「蛍石……蛍っていうのは、もともと石ではなく、虫のことらしいんだ。今は絶滅していなくなってしまった。これは、昔の歌だからね。そうだね、蛍石なら、今でもどこかの洞窟で光っているだろうね。このあたりでは見かけない石だ。乃亜は、バザールかなにかで見たのかい?」
「違うわ。父さんの旅のおみやげでもらったの」
「父さん……か。父さんっていうのは、いわゆる観念的な存在だろう」
「そう言われると思ったわ。みんなには理解されないから話さないようにしていたけれど、私にはちゃんと、『父さんとの思い出』があるの。あなた達、みんなに、『父さんとの思い出が無い』って知ったのは、つい最近なのよ」
「僕にもないよ」
「やっぱりそうなんでしょう。私の常識は、みんなにとって、非常識だった……誰にでも、愛する『父さん』がいるんだって、私、当たり前のように信じてた。なのに、なのに、里奈ときたら、
『父さんというのは、どこにでもいるけれど、どこにもいないようなもの』だって言うんだもの。それに、父さんとは会ったことも、見たことすらないって。
私にはその言葉は、父さんの存在を否定されたも同然で、悲しかった。もう会えないからといって、存在しなかったことにはならないでしょう? 大好きな父さんを神様だと考えたら、確かに尊いけれど、遠く感じて寂しくなるじゃない……。あ、ごめんね、『父さん』は、禁句だってわかってるのに、ついしてしまったわ」

「非常識のなかに、真実がある。乃亜は、そのことを体現しているんだね」

蓮は、つぶやくように言うと、立ち上がって、谷を見わたした。


2024-05-09 11:30  nice!(1)  コメント(0) 
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