『別天地へ行け』 お直し中♪ [乃亜シリーズ♪(混沌的原案)]
とにかく別世界のお話を書きたくて、書き始めた乃亜ちゃんのお話。
私が見た夢の世界から着想を得て、なんだかわけもわからず話の行く末もわからず、書きなぐってきたこのお話。
私にも、まだどうなっていくか予測不能です。困ったものです(:;)
でもね、不思議と書き始めるとなんやかんやが出てくるんで、物語って面白いなぁって思います。
テーマは実は、「愛」なんです。「愛」ってどういうものか、思春期の汚れを知らない乃亜ちゃんの視点から書いていきたいなぁと思っています。それならどうしてこういう世界設定なのでしょうね?って自分に聞く変な私。
近日中に、建て替えバージョンをUPしていきます。 トテカン☆トテカン☆
今、カテゴリーの中の乃亜シリーズ♪は、混沌としておりますが、お許しください~!
それにしても、物語書いていると、時間の経つのが早い。なぜなんだ~!朝になる前に寝ます。
皆様おやすみなさい☆
別天地へ行け 31 [乃亜シリーズ♪(混沌的原案)]
「ねえ、ケイ君、とにかく私は、居住区へ帰らなきゃ。あなたと一緒に、ずっとここにはいられないわ」
「それなら、僕も、行く。すぐに、旅の支度をするから待っていてくれる?」
「でも、急いでね。旅の支度なんて、私は、してこなかったわ。着の身着のままよ。父さんのマントも、途中でおいてきてしまったし・・。こんな遠くに来る予定なら、もっと、重装備をしてきたのにな」
「身軽な方が、動きやすくていいさ。・・・君の父さんて、どんな人?」
「優しくて、勇敢で、旅ばかりしていたわ。家には、たまにしか戻ってこなかった。旅のみやげ話が、どんな物語よりも、わくわくして、おもしろかった。けれどね、父さんは、もう死んじゃったから、会えないの。また、会って話したいわ。困った時には特に、父さんに、会いたくなるわ」
「ふうん。僕たち、ちょっと、似ているかも」
「そうかもね、父さんのことが、大好きだったところが似ていると、私も、思っていたところよ」
2人で話しているうちに、ケイの住んでいる、洞窟へ着いた。
「まあ!まるで居住区内みたい。どういうこと?ここは、もしかして、居住区内と繋がっているんじゃないかしら」
「残念だけど、行き止まりさ。このずっと奥で、僕は、薬草を栽培している」
「え!?こんな角切り石ばかりの洞窟で、育つの?」
「まあね!僕の薬草は、生育がよく、とっても丈夫なんだよ。織物にもなるし、食べても栄養がある。すりつぶして粉にすると、甘い不思議な成分で、人をよびよせてしまうから、使いようによっては、危険なものになってしまうだけで・・・」
「ケイ、あなたって、まだ子どもなのに、一人でこんなところで、薬草を育てていたなんて、すごいわね…寂しかった?」
「この子たちに話しかけているとね、寂しくなんてなくなるんだよ」
そう言って、ケイは、濃い緑色をした「この子たち」の葉っぱをなでるのだった。
「植物には、心がある。この子たちはさ、好きで人を栄養にしてるわけじゃないからね。養分を吸い上げる。そういうつくりになっているから、仕方ないのさ」
別天地へ行け 30 [乃亜シリーズ♪(混沌的原案)]
30
少年の住む家へ行くことになった私たちは、歩きだした。二人の長い影が、前方にのびて、まるで、影のほうが、私達を、導いているみたいだった。
今は、何時なんだろう。あのキサマは狂い光りをしていたので、時間はわからなかった。振り向けば、巨大なキサマは、青白い炎をあげていた。ああ、なんだか、あれは、人魂のモニュメントのようだ。あのキサマはこれからも、ずっと、あんなふうに、光り続けるのだろうか・・・?
「そうだ、これを見て」
少年は、腰に巻いてあるカバンから、小さな八面体の、薄緑色の石を取り出した。
「見て、ほら、触っていいよ」
大事そうに、手のひらの上に載せた。私は、その石を、親指と人差し指でそっと持ち、明るい向きへかざした。
「わあ、きれいな石ね」
「この石は、温かくすると、青く光るんだ」
「まあ、それじゃ、キサマに関するもの・・・?」
私は、ちょっと怖くなって、石を触る指の範囲を少なくした。
少年は、首を振って笑い、私から石を受け取って、誇らしげに言った。
「いや、これは、僕の宝物。父さんにもらったんだ」
少年が、笑った。はじめて見せてくれた笑顔はなんだか、とても胸にしみた。
「素敵ね。きれいに劈開でカットされてる」
「劈開で?」
「ええ、そうよ。ねえ、もう一度見せてちょうだい」
私は、手のひらを上に向けて、少年の八面体の石を見せてもらった。
「この石の名前は、蛍石ね。子供のころに、1度、触ったことがある。蛍石は六面体で出てくるのを、八面体にカットするの。ここいらの洞窟で取れる石だとすると、もしかしたらここは、蛍石採掘場の跡かしら」
少年は、考えた。
「それはわからない。父さんは、変わった鉱物を集めるのが趣味だったんだ。どんなところへも入って行ってしまうから僕は、怖かった。普通の人が、恐れて足を踏み入れない場所でも、少しでも身体が入る場所なら、入ってしまうのだから。父さんは、ある時、誰も入ったことがない危険な裂け目へ入って行ったんだ。無事に帰ってくるか心配したけど、その時は、ちゃんと帰ってきた。その時、僕、『父さんは勇気がある。誇らしく思う』って言ったんだ。そうしたら、『オレは、勇気があるんじゃなくて、無謀なだけだ』って言って、僕にこの石をくれたんだ」
「そうだったの」
少年は、続けて話し出した。
「だからこの石は、父さんの無謀さの証。でも僕にとっては、父さんの勇気の象徴。だけどね、しばらくして父さんは、帰らぬ人となった。水晶の洞窟を見つけたと行って出て行ったきり、戻ってこなかった・・・」
私は、自分の父さんのことを思い出した。どこへでも出かけて行った父さんのことを。
「あなたの父さんは、素晴らしく美しい魂の持ち主だったと思うわ。たとえ、死ぬことになったとしても、己の目的のために、果敢に挑んで行ったのですもの。大丈夫よ、きっとあなたも、立派な大人になれるわ。父さんの勇気を受け継いでいるはずよ」
私は、少年の背中を、手のひらで、バンと叩いた。なぜか、応援せずにはいられなかった。父さんがいない同士、頑張って生きていかなければならない。
「ありがとう・・・えっと、今呼ぼうと思ったけど、君の名前、まだ聞いていなかったね」
「私は、乃亜よ」
「そうか、乃亜。僕の名前は、ケイだ。よろしく」
少年は、これから、どうするのだろう?このまま、ここで、キサマとともに、生きていくつもりだろうか、それとも・・・?
別天地へ行け 29 [乃亜シリーズ♪(混沌的原案)]
29
私は、言った。
「薬で、いくらでも、どうにでもできるって、どういうこと!?あなた、その意味が、本当にわかっているの?灯の元が、人間の命だというのなら、一体、人間は、何のために生きているの!?そんな問いかけを、あなた、自分にしてごらんなさいよ!あなただって、人間なのよ。子どもだからって、私は許さない」
「僕はね、闇の中で生きてきた。ここでは大人も子どもも関係ない。知恵ある者が生き残る。何をしたって、灯をともさなければ、闇の中でもみ消される」
「あなたが、していることは、人殺しよ!」
「殺しているわけじゃない!人が勝手に飛び込んで行くんだ!灯が必要なのは、人間も植物も一緒じゃないか。人間は、土からできる植物を、食べるよね。だったら逆に、植物が、人間を食べたら、どうしていけないの?」
「・・・それは、神様が、世の中を、そういう風におつくりになっているから、だわ」
少年の言っていることは、これまで、私が一度も考えたことのないことだった。植物が人間を食べるだなんて。
「君は、知らないだろう?、人は今、地獄の大渓谷に、好んでやって来るんだよ。そして、身を投げていく・・・。そんなやつらを、僕は、とめない。
薬なんか・・・、つらい奴らが勝手に飲むんだ。そこらじゅうにあるだろう?いつでも飲める。あれをやると、馬鹿になって、ラクに、生きていける。でもみんな、すぐに死にたくなるんだ」
「あなたも、薬を飲むの?」
「僕?」
少年は、少し考えてから言った。
「薬をやったら、クセになる。だんだん量が増えて・・・生きていても、死んでいるのと同じになるんだ。そうなってしまったら、本当に僕が僕であるかどうかさえ、僕自身にも判断ができなくなる。そんなのは嫌だから・・・僕は、飲まない」
「そう」
少年の言葉を聞いて、私は、胸をなでおろした。
「闇の中でうごめくだけの、あわれな大人にはなりたくない!でも、このままだと、僕は、そうなるかもしれない。暗がりで一人で生きていくのはもう嫌だ。死んでいく人を見るのも・・・。もっと灯を感じたい。明るくて素晴らしい場所が、この世界のどこかに、きっとあると思うんだ」
少年が、私に近づいた。
「君を困らせたよ。ごめん。すぐ解放するから・・・」
そう言うと少年は、桶に入ったドロドロしたものを、キサマの根元に流しかけた。
「さあ、今のうちに、身体を離すよ、そら!」
少年が身体を引っ張ると、キサマの密着力が弱まり、私の身体は、すっと涼しく、気分がよくなった。
「ふー、やっと動けるわ」
私は、解放感から、思わず、手足を振りまわした。
「君、キサマから、生気を吸われても、そうやって元気にしていられるのかい?すごいな」
別天地へ行け 28 [乃亜シリーズ♪(混沌的原案)]
もの陰から姿を見せた少年は、まだ幼い雰囲気をまとっていた。
「いじわるしてごめん。でも本当は、僕、君を助けてあげたいんだ。ここで僕とずっと一緒に暮らしてくれるなら、助けてもいいよ?」
私は、体中から血の気が引いていくのがわかった。
緑のキサマの栄養になってしまう自分を、手足の肌が露出している部分から、ざわざわとした感触で…。
吸引力が強く、もがいても身動きがとれない。
このままでは、本当に、生命を吸い取られてしまう。
「悪いけど、それはお断りだわ」
「僕の言うことを聞けないの?」
少年は、いよいよ激しい口調になった。
「君ひとりでは、ここで生きていけない。今なら助けてもいいんだよ!殺すなら、他にも人間なんていくらでもおびき寄せられるんだから!みんな薬で捕まえてさ、どうにでもできるんだもん。お願いだよ、僕と一緒に、ずっとここにいてよ!」
別天地へ行け 27 [乃亜シリーズ♪(混沌的原案)]
目が覚めると、まだ、嘘のように暗かった。
いつも見慣れている岩石ストリートとは違い、真っ暗ではなかったが、岩石が放つ薄暗い光に囲まれていた。
私はひとりだった。
「だいじょうぶ?」
少年の声が、どこかから聞こえてきた。
「無事だったのね!死んじゃったのかと心配したわ!」
私は、胸の中が暖かくなるのを感じると同時に、お腹が鳴る音を聞いた。
「安心したら、お腹が空いちゃった」
「今、食事を用意しているから。君も、こっちへおいでよ」
「どこにいるの?あなた、どこから話しかけているの?」
「天井に、拡声器があるんだよ。君、疲れて動けないんじゃないかと思っていたけど、平気?」
「ええ・・・」
そうは言ってみたものの、体のそこらじゅうが痛み、悲鳴を上げている。
「立ち上がれないことはないわ」
「君って、強いね」
「私、これからすぐ、元の道へ戻りたいわ。明るくなるのを待っていたのよ。あなたが無事とわかれば、すぐにでも出発してもいいわよね。道を教えてくれる?」
「行っちゃうのかい・・・?わかったよ。君が今いるところは、地獄の大峠のど真ん中だから、僕の言う通りに動かなければ、帰るのは無理だよ。下手に動かないこと。まずは、床をよーく見て。黒い石があるだろう?それは、踏まないで。進んでいくと、1本の柱にいくつもの灯りがついている緑色のキサマがあるから、まずはそこへ向って歩いて。慎重にね」
私は、少年の声を頼りに、進んで行った。
しばらく進むと、緑色植物が、辺り一帯に生えている場所があり、キサマがあった。
「不思議だわ・・・。このキサマは、まるで植物みたい・・・。触った感じも、しっとりと冷たくて、まるで土中から生えてきた巨大な木のようだわ」
キサマは、灯りの柱。地下社会ではどこでもお目にかかるものだが、こんなキサマは初めてだった。
「うん。そいつは生きているんだ。自身の光を体内にためこんで、また放射するんだよ」
「よく知っているわね」
「うん。僕は、何でも知ってるよ。ねえ、そのキサマに手をまわしてごらん」
私は、声の少年の言うとおりに、キサマにそっとしがみついた。
「もうちょっとで、お腹がいっぱいになるよ」
「えっ?全然、お腹がいっぱいになんてならないわよ」
「違うよ。君の栄養が、キサマの・・・栄養になるんだ」
「どういうこと!?」
気がついた時は、遅かった。私の体は、奇妙な膜に密着し、離れられなくなってしまったのだ。
「くっ!?何なのこれは!」
「ごめんよ・・・こうするしかないんだ。、灯りをともすために、人が必要なんだ。灯りがないと、みんな死んじゃうんだ・・・」
「この光る植物のために、ここへ私ををおびきよせたの?最初から殺そうと思って?」
「君は、誰かに追われているようだった。みんなまとめて、地獄の底へ落とす作戦だった。君の追手達は、全員死んだよ。根っこから栄養になりはじめている。ほら、こんなにキサマが光っているだろう?」
「冗談じゃないわ!」
私は、なんとかして離れようとしたが、手を向こう側に回しているので、おもうように動けない。
「どの道、僕は、君の帰り道を知らない。ここで死んだ方が、楽だよ。地下通路は、一度迷ったら、2度と元へ帰ることはできない。僕みたいにね」
「ひきょうだわ、こんな目に合わせるなんて!姿を見せたらどうなの!」
別天地へ行け 26 [乃亜シリーズ♪(混沌的原案)]
私は、灯が好きだ。
『霊光』は、地下道の鉱物が、わずかな灯に反応して輝きだす時間だ。
瞬くようなその光は、『月』や『三日月』や『星』などの大ざっぱな光り方とは別の・・・
『夕』の時、川面に揺れる光とも別の・・・
『霊光』・・・それは、秘められた魂が呼び覚まされるような、不思議な感動を呼び起こすような岩石のささやき・・・
そんなものだった。
私の中で、幼い頃の思い出の断片が、蘇った。
お祈りの時間だった。
わけもわからず、大人の真似をしていた私は、ある時、父に問いかけた。
「お祈りのときは、何を思うの?」
「何も考えなくていいんだよ。乃亜の心が、『ヒサマ』とひとつになったと思ってごらん」
「はい」
私は、一生懸命、心の中の『ヒサマ』を抱きしめようと頑張った。
だが、手の中をするりと抜けてしまい、うまくいかなかった。
「乃亜、安心して光になってごらん。心に『闇』はやってこない」
父さんは、静かに笑っていた。
私は、言った。
「『闇』は、なぜあるの?真っ暗闇、すごく怖い・・・」
「灯と闇が必要なんだ。そうでないと、みんな死んでしまうんだ」
「どうして?人間も?植物も?」
「そうだよ。『ヒサマ』の光がなければ、死んでしまう。水脈のそばから離れても生きられない」
「父さんは、よく旅に出るわね?暗いくらい地下をずっと行くでしょう?」
「うん、行くよ。父さんは、どこまでも行くんだ。地上を目指してね。さあ、乃亜、おしゃべりはここまで。お祈りをしよう」
小さな私は、一心にお祈りをした。
母は、心配そうに、私達の話を聞いていた。
『闇』に隠されていたものが、ぐったりとした少年の姿形を浮かび上がらせた。
死んでしまったのだろうか・・・?私は、地下道の端で、男の子の頬をなでた。暖かかった。
気を落ち着けて、少し休もう。
もう少し、明るくなれば、地下道の様子がはっきりするはず。
私は、心の中の「ヒサマ」を思い、目をつぶった。
別天地へ行け 25 [乃亜シリーズ♪(混沌的原案)]
「手を放したらだめだよ。しっかりとぼくについて来て」
いけないわ。こんな見知らぬ少年に、ついて行ったらどんなことになるか知れたものじゃない。
声しかわからない子どもの後について行くなんて。
もしかしたら、さっきの首長のところへ連れて行かれる可能性だってあるわ。
それとも、もっとおぞましい場所へ・・・?
「だめよ」
私は、少年の手をさっと振りほどいた。
「あなたにはついていけない」
少年は、暫しの沈黙の後、口を開いた。
「どうして? 残念だな」
すると、今さっき後にしてきた地下道から、荒々しい人声が響いてきた。
足音は、次第にこちらへむかって来るのだった。
「追手に違いないわ」
ぐずぐずしてはいられなかった。
私は、足を踏み出した。すると、少年が、私の腕を引っ張って止めた。
「だめだよ!そっちは!」
「!?」
その瞬間、私の右足は空を抜けて、地面に口をあけていた落とし穴に吸いこまれた。
体は斜めになり、倒れていく。
「!」
間一髪の出来事だった。
少年は、私の腕を引っ張りあげ、反動で私の下敷きになって倒れこんだ。
ゴツンという鈍い音がした。
「ごめん、君!大丈夫!?」
「痛い・・・」
地面に思い切り頭をぶつけたのだ。
「手を貸すわ」
するとその時、
松明を持った男たちが、私達の姿を見つけた。
「いたぞ!」
まっすぐにこちらへむかって走ってくる何人もの追手たち。
彼らは、待ち受けていた落とし穴に気付かず、松明もろとも、真っ逆さまに、落ちて行った。
「あっ!」
「!」
束の間見えた松明の残像が、目の前でちらついたまま離れなかった。
「みんな、落ちて行っちゃった・・・!ここは、一体!?」
「地獄の大坂道だよ・・・落ちたら命はない」
少年は、そのまましばらく、横になっていた。
「ぼく、このまま死んじゃうのかな。それでもいいような気がする」
「弱気になってはだめよ!じきに『闇』が終われば、『霊光』が、
すべてを照らし出してくれるわ。そうすれば助けを呼べる。」
「ぼく、わからない。何もまだ、わからないのに、死ぬのかな」
少年は、手を伸ばした。だが、その手は、屑折れた。
「君!しっかりして!」
そして、『闇』は終わった。
別天地へ行け 24 [乃亜シリーズ♪(混沌的原案)]
24
『闇』は、まだ続いていた。
逃げたのもつかの間、またしても、すぐ近くに人の気配がする。いまもし襲われたら、疲労感が強くて、振りほどく力なんてないというのに。
「ここから先は、行っちゃだめだよ」
まだ少年のように細い声がして、私は、驚いた。
「あなた、子供?」
「こっちだよ、こっちへ来て!」
声の主は、そういうと、いきなり私の手をひいて、歩きはじめた。
相手には、私の姿が見えるらしい。信用していいものかどうか。もしかしたら、迷子なんじゃなかろうか。
でも私は、その子のちいさな手が私の手を握って来るのに、とてつもない安心感を覚えていた。
『闇』の中の独り歩きの恐ろしさからくる感情は、自分でも思いもよらない。
別天地へ行け 23 [乃亜シリーズ♪(混沌的原案)]
22闇・・・それは、全ての光が失われた世界。かつて、地上には完全な闇はなかったという。地下世界における闇は、完全に光のとどかないもので、それは、意図的なまでに、規則的にやってきた。だから、人々は皆、「闇」の時間の前に、家に戻るのだったが、そう、それは、「居住区内」だけの常識だったのだということが、今わかりつつあった。
「居住区外」と呼ばれる場所。私が今いるここでは、闇の中でも、どこかどこかで、人いきれがするのだった。あたりに潜んでいるもの、それら得体の知れないものから、意識をそらすことはできなかった。とにかく恐ろしくて息もできず、ひたひたと、こちらへやってくる気配に、私は、ひきつり、両ひざを抱え身を固くした。得体の知れないものが行き過ぎるのを、胸も張り裂けん思いで、耐えた。
だが、その「何か」は、私の足に触れた。私は、気配を消すように叫びたいのをこらえ、足の位置を換え、立ち上がろうとした。だが、「何か」は、両足首をつかみ、襲い掛かってきた。
見えない何かが、私を仰向けに押さえつけようとした。私は、全身で拒み、襲ってきたものを両足で思い切り蹴って、逃げようと膝をついて、立ち上がった。そこへ、再び背後から襲われた。
「助けて!!」
「おとなしくしろ!」
暗闇のなかで、「見知らぬ誰か」は、私を羽交い絞めにして離そうとしなかった。初めて知った。「求愛」の裏の意味を。学校では決して教えてくれない闇の世界を。
「嫌だ―――――っ!」
怯えは、恐怖を通り越して、身を守らなければという必死な感覚を呼び起こした。これが、人間の本能なのか。
私は、辺りのすべての闇を、切り裂くような悲鳴を上げ、相手に思いきり肘鉄を食らわせた。
その時、見えないものの力が緩んだ。私は、逃げた。体のそこらじゅうをぶつけ、何も見えないなかをそれでも全力で、走って走って、この場を逃れるしかなかった。
別天地へ行け 22 [乃亜シリーズ♪(混沌的原案)]
22
わたしは、逃げなかった。
薬が残っていたからじゃない。自分の意思だ。
愛するってどういうことだろう。これが、求愛の儀式だという。
こんなことで、愛は生まれるというのだろうか。
隣の女性が、身を引いた。
次は、わたしの番だ。
わたしは、首長の前にひざまずいた。手を組み、目を閉じた。
その時、卒業式の帰りに里南や園と歩いた地下道が、脳裏に浮かんだ。
そうだ。あの帰り道、里南は、彼と「夕月の誓い」をかわすことを切望していた。
里南は、いつだって素直だった。幼い少女のように。
園のことが大好きで、園だけがすべてで、これからもずっと想い続けていくのだろう。
今ここで、私は、彼女より先に、禁断の世界に足を踏み入れ、求愛の儀式を経験しようとしている。
私は、目を開けた。
皆が一挙手一投足を、見守っていた。
「わたくしは・・・」
首長が、間の抜けた顔で、こちらを見ている。その表情には、少しの英気も感じられない。
「わたくしは・・・」
自分の心に嘘はつけなかった。
「わたくしは、あなたを、愛していません!だから、ごめんなさい」
それだけ言うと、私は、女性陣の輪から抜け出して、駆け出すのに精一杯だった。
首長は、怒りもせず、笑うこともなければ、泣きもしなかった。
逃げるわたしを、追いかけてくるのは、別の男たちだろう。
心臓が悪くなるような乱れた足音。
胸の底をしめつける空気の薄さ。
見たことのない地下道の曲がり角。
薄闇のなかをうごめく見えない生き物。
まだ微かに灯りのともる道を、ずっとずっと走り続けた。
ただ、逃れたくて走った。なにものにも気をとられずに。
どこをどう走ったとて、まったく道のわからない迷路のような地下道を、闇雲に走った。
もう疲れた。意識なんて飛んでしまったほうが楽かもしれない。
疲れ果てて、足がもつれて倒れた。
ひざをすりむいたようだが、暗くてよく見えない。
手で触ると、どうやら血が出ているようだ。
頬に熱いものが伝っていることに気がついた。
涙だった。わたしは、泣いていた。
こんなところに一人でいること。
すっかり灯りは消え、真っ暗な闇の世界を待つだけの世界。
怖い。
ああ、もう嫌だ。
すべてなかったことにして、家に帰って眠りたい。
別天地へ行け 21 [乃亜シリーズ♪(混沌的原案)]
21
川でのお清めが終わると、ひとりづつ、宝珠を首にかけていった。
「ほら、あんたのだよ」
私がもらった宝珠は、みんなのものと色が違っていた。
「マナが、来ないから、今日の気に入りは、あんたがつとめるだぁよ。あたしが、替わってやってもいいけどね」
女性たちが、笑い出した。
「あんた、一度だって、気に入りに選ばれたこと、あったかぁ?」
「ふん!うるさい」
「あたしは、絶対にごめんだよ。大声じゃいえないけど」
再び、女性達は、わっと盛り上がった。
祭壇に、首長が現れた。毛皮をまとったその胸には、宝珠をつなげた数珠がさがっていた。
「時は、満ちたり。愛は、永遠なり」
「時は、満ちたり。愛は、永遠なり」
「今宵、ともに過ごす喜びは、皆とともにあり」
「今宵、ともに過ごす喜びは、皆とともにあり」
首長は、祭壇を降りて、私達のもとへ歩いてきた。
女性達はひざまずき、首長を囲み、一人ずつ、前へ出てかしこみ、誓いの言葉を述べていく。
「首長様、愛しています。どうか、わたくしをお求め下さい」
首長は、手を差し伸べる。
「首長様、わたくしは、この命の限り、あなたを愛します。わたくしをお求め下さい」
首長は、つぎつぎと、女性の裸体に触っていった。
私は、その露な姿に、思わず赤面し、顔を背けてしまった。。
これが、本当に愛なのだろうか。
愛って、こんな、なまめかしくて、奇妙なもの?
女性たちは、さっきは、首長を罵っていたのに、今はどうしてこんなことをしているの?
別天地へ行け 20 [乃亜シリーズ♪(混沌的原案)]
20
こう何度も意識を失うと、今がいつで、自分が何をしているのかの記憶がだんだんと薄れてくる。
私が今、かろうじてわかることは、自分が今、地面にころがっているということと、川の流れるせせらぎの音が聞こえてくること、そして、さっきから、体のあちこちに痛みが走っているということ、この3つだった。
私は、ゆっくりと目を開けた。
あたりには、青白く光る岩石の世界が広がっていた。
ここは、場所は狭くない。
岩石だらけの広場だ。
さっき見た広場よりも、ずっと広い。
洞窟の中でもかなり奥のほうだろう、少し空気が薄い感じがする。
空気はどっちへ流れているのだろうか?
わたしは、指につばをつけて、気流を確かめた。
大丈夫、気流はある。
きっと上下に空気孔の抜け道があるはずだ。
天井にある大きな丸い灯が、今の時間が、『満月』であることを示している。
私は、上体を起こした。
あたりを眺め回して、同じように地面に寝ている女性達が、何人もいることを知った。
ここは、さっきのあの明るすぎる場所ではないようだ。
つい今しがた、動く部屋の中で毒を飲もうとした少女も、無表情で歩く人影も、どこからか聞こえてきたのかわからない声だけの男も、なにもかも、消え去っていた。
そういえば、今思うと、彼らは、まるで違っていた。
同じようには見えるけれど、なにかがまるでおかしかった。
生気が感じられず、ただ生きているだけのような、亡霊のような人たちだったのだもの。
そうだわ。
私、麻薬のビンの匂いをかいでしまってから、夢を見ていたんだ。
そう気がついてから、はっとした。
じゃあ、私は、眠っているうちに、ここへ運び込まれたのだわ。
マナさんの身代わりとして。
彼らが、首長とよんでいた者のところへ。
どこからか、煙が流れてきた。
マスクをした男達が、数人やってきて、広場の祭壇上の石の机のような場所に毛皮を敷いている。
「まもなく、首長が来る。さあ、皆の者、川で身を清め、宝珠を身につけなさい」
祭壇の上の石のテーブルに、輝く宝珠が置かれた。
それは、大きな首飾りに仕立ててあった。
私は、小川に入った。
水をかぶったら、だいぶ気持ちがすっきりとした。顔を拭いていると、隣にいた女性に声をかけられた。
「あんたのこと、はじめて見るだぁよ?」
私は、本当のことを言った。
「私、実は、マナさんというひとの、身代わりで来たんです」
「あぃや~、かわいそうに。身代わりだなんて・・・。あんた大人っぽく見えるけど、かなり若いだぁね。マナさんという人も、かわいそうな。首長の気に入りになると、暮らしは楽になるけんど・・・病気であろうがなんだろうが、無理やり連れてこられるのだぁもんな」
すると、その言葉を静止するように、もう一人の女性が言った。
「首長は、弱弱しくておとなしい人が好みなんさ」
「それって、とんでもなくいい方に考えればなぁ」
「病気がちなひとばかり、いつの間にか、集まるのなぁ」
「家に閉じこもっとるとこを、襲ってくるんだぁよ!」
私は、彼女たちみんなに話を聞いた。
「みなさん、何回くらい来ているんですか?」
女性たちは、ぽかんと首をかしげていた。その中の一人の女性が、こたえてくれた。
「ここにいるあたしらは、そんなに多くはないけんどね、それでも、両の手と両の足の指を足しても足りないくらいは、来てるな」
「あの、ここで行われていることは、求愛ですよね?私、それは、わかってるんですけど。皆さん、首長といつかは、結婚したいって思っているんですか?」
彼女たちは、顔を見合わせて、くすくす笑った。
「あたしらは・・・子供を生むために呼ばれてるんじゃないんだぁよ、あんた」
「そうだぁよ!求愛とかなんとか・・・。育ちがいい子は、学校で何を習ってきているのか知んないけんどさ、あたしらは、ただの、首長の土偶だぁよ。快楽のためのさ」
別天地へ行け 19 [乃亜シリーズ♪(混沌的原案)]
19
「待って」
急いで四角い穴から外へ出ると、強い風が後ろから吹いてきた。
そして、今しがた私たちが乗ってきた四角い部屋が、音をたてて私を追い越していった。
私がまごまごしている間に、少女はとっくにいなくなってしまった。
あたりを見回すと、大勢の人が無表情のまま全員同じ方角へ歩いていくのだった。
話しかけようとする私を、邪魔だとばかりに突き飛ばして。
私は、壁面に大きく書かれている文字を読んだ。
先ほどどこからか聞こえてきた男の声と同じく「かすみがせき」と読み取れた。
そこで、私は、急に思い出した。
横穴の向こうの世界へ連れてこられたことを。
それにしても、何か、おかしい。
ここは、確かに地下世界に違いないけれど・・・。
見回しても、見慣れた灯は見えない。
私は、とにかく、地下道の一段低い場所へ飛び降りて、走った。
一刻も早くこの世界の位置をつかみ、逃げ出すことを考えた。
今のままでは、ここが横穴のどの辺なのか、見当もつかない。
見覚えのある場所まで、行かなくては。
「危ない!戻りなさい!」
離れたところに立っていた人が、叫んだ。
私は、ふりむかずに走った。
少し暗がりを走るほうが、明るすぎる場所より、安全だと思ったのだ。
ところが、前方から、何か大きな圧力のある物体が押し寄せてきた。
巨大な光る目をもつ怪物のごとく、それは、轟音とともにあっという間に迫ってきた。
「あぶない!」
私は、とっさに、側溝へ身をふせた。
ゴォーーーーーッ!
地が避けるかと思うような振動音。
それが通り過ぎると、先ほどとは変わって、たくさんの人が私に近づいてきた。
「生きてるぞっ」
誰かが叫んだみたいだったが、私は、それ以上のことは、覚えていない。
またもや意識を失ったからだ。
別天地へ行け 18 [乃亜シリーズ♪(混沌的原案)]
18
私は、いつの間にか見覚えのない室内の、明るい光の中で目を覚ました。
腰掛けていたのは、長い緑色の椅子で、暖かく居心地がよかった。
椅子はたくさんの人を載せて、どこまでもどこまでも続いていた。
座っている人達は、見たことのない格好をした人ばかりだった。
左隣には、同じ年頃の女の子、そして正面には、年配の女性と若い男の人。
他にも、多数の人が、少しずつ距離を空け、黙って腰掛けていた。
その光景は、遠目でもはっきりと見えた。
室内は、ずっとさっきから、明る過ぎる光の中で、規則正しく揺れていたのだった。
ドーンドーンドーン!
部屋が大きく揺れた。
どこからか、男の人の声が聞こえてきた。
「ただ今、隕石落下警報が発令されました。運行に支障はございませんが、皆様、しばらくの間、お席をお立ちになりませぬよう、お願いを申し上げます」
すると、正面に座っていた年配の女性が、目をつぶって熱心に何かつぶやき、
若い男の人は立ち上がって向こうへ行ってしまい、
隣に座っていた少女は座ったまま、私に話しかけてきた。
「今度こそ破滅かな。わたし、ここで死ぬわ。あなた、証人になってちょうだい」
少女は、黒い薬のビンを出してふたを開けた。
強い匂いが鼻をついた。
「ひと飲みしちゃうわ」
私は、見たことのない顔色の少女が動かす手元を見て、そのビンに毒が入っているのだとわかった。
「あんたも、一緒にいく?」
少女は、笑った。
私は、黙って首を振った。
「勇気がないんだ、ふふ・・。サヨナラ」
少女が、ビンを口にあてたので、私は、その手を押さえた。
「何するの!」
「死ぬなんて、だめよ」
「どうして?」
私は、少女はなぜ聞いたりするのだろうと思った。
「みんなが、悲しむでしょう。お母さんや、お父さんや、友達や」
少女は、なんだそんなことならという風に、口に手を当てて笑った。
「アハハ。お父さんもお母さんも、もうこの世にいないから、関係ないし。悲しまないでしょ、誰も。人のことなんて思ったりするのもばからしい。隕石なんか降ってこなくたってどの道、このご時世、いつ死んだっていいのよ。
だって、みんないつかは、死ぬのよ。
お父さんは、会社で爆破テロにやられた。お母さんは、熱波で死んじゃったし。弟は、少年海外派兵隊に連れて行かれて、こないだイラクで死んだわ。
それから、クラスの友達だって幻覚にやられてさ。みんな待ってるのよ、死ぬのを。毒を持ち歩かないと不安で、外なんか歩けない。
あなたは、怖くないの?生きていることが?」
その時、またどこからか男の声がした。
「~カスミガセキ、カスミガセキ」
「もうすぐ、着くわね。ちっ、飲み損ねたわ。あんたのせいだからね」
少女は、そう言うと黒いビンを袋に入れ、なにか奇妙な光る石版のようなものを出した。
「もうすぐ、10時。あんたは、どこで降りるの?」
「私は・・・」
私は、これから、どこへ行くのだったろう。
それに、ここはどこなのだろう。
少女に、聞けば教えてくれるだろうか。
「あたしは、ここで降りるから。じゃあね」
少女は、立ち上がり、急に壁に開いた大きな穴から、姿を消してしまった。
別天地へ行け 17 [乃亜シリーズ♪(混沌的原案)]
17
横穴の向こうは、天井が低かった。
入り口からわかれ道を右へ歩いて行くと、壁のあちこちに、人がやっとくぐれるほどの横穴があり、さらに奥へ奥へと別の道が続いていた。
歌声や怒鳴りあう声、笑い声や叫び声などが、どこからともなく聞こえてきた。
道なりに行き、階段を降りて、並んでいる横穴の9つ目に踏み入った。
地下道の途中に、広場のようなたまり場があった。
大勢の人の姿が見えた。
座ったまま動かない者、寝そべっている者、やせ細った小さな子供と母親などが、ひしめき合っていた。
なんともいえないにおいが鼻を突いた。
もう幾日も身を清めていないようなにおい。
それから、アルコールのにおいと、食べ物のくさったにおい、そして、これはなんのにおいだろうか?
かいだことのない気の遠くなりそうなにおいがする・・・。
ふと見ると、地面に紫色のビンが落ちていた。
そこから強烈なにおいがしているとわかった。
よせばいいのに、なんとなく手に取った。
「・・・あ?」
そのにおいをかいだら、不思議なことに、先ほどまでの嫌なにおいを忘れてしまった。
鼻が麻痺したのだろうか。
気分が高揚してふわふわとする。
「酒か?貸しな」
男は、私からビンを取り上げて、飲もうとしてやめた。
「ん?」
男は、ビンのラベルを見て、言った。
「薬だ」
「薬?」
薬が、地面にころがっているとは、ここの人達は具合が悪いのかしら。
ふと目をやると、暗がりの隅に、ビンがまるで並べてあるかのように落ちていた。
「ああ、あっちは宝の山だ。ちょっと待ってな」
男たちは、宝の山、つまり、薬だか酒だかのビンが大量に落ちているほうへつられていった。
(逃げるなら今だわ)
私は、男たちに気づかれないように、今来た道を引き返し、一目散に走った。
大丈夫、道は覚えているのだから。
ところが、足が前に出ていかなかった。
ひと足ひと足が、まるで、かせをはめられた悪い夢を見ているかのように重いのだ。
(前に進めない・・・!)
私は、それでも心だけは一生懸命に前へ進んでいるつもりだった。
だが、目の前の景色はいっこう変わらず、心臓がどくんどくんと高鳴り、焦りと恐怖に胸が縮れた。
(誰か助けて!)
自分との格闘の結果は、無残だった。
私は、地下道の真ん中で眠りこけてしまったのだ。
別天地へ行け 13 [乃亜シリーズ♪(混沌的原案)]
16
男たちは、仲間うちでもめはじめた。
「アニキ、いいでないか、今日はやめとこうや」
「なんだと。そんなことをすれば、わしらがどうなるかわかったもんじゃない」
「わかりゃしないさ!そんなもん!何十人っている女の中の一人がいなくたってどうこうない」
「女が死んだりしたら、もう2度と連れて行けなくなるだ。そのほうがどれだけ・・・」
そして、意見がまとまると、私に交換条件を持ちかけてきた。
「私が、マナさんの代わりに!?」
彼らは、マナさんを、ストリートの病院へ連れて行く代わりに、私を横穴へ連れていくというのだ。
「待ってください。時間をちょうだい。家に帰って身支度をしてから・・・」
「いや、そんな時間はねえだ!すぐに出発しねえと間に合わねえだ!」
「でも・・・」
「おまえは、もう旅の装備をしているでないか」
はっとした。そうだった。私は、父さんの旅の一揃いをそのまま着てきたのをすっかり忘れていた。でも、まだ心配事はある。母さんに、遠くへ行くことを伝えていない。このまま横穴の向こうへ行ったら、どれだけ心配をかけることか・・・。
そこでまたはっと気付いた。
いいえ、違うわ。私がどこへ行くかを伝えたら、それこそ母さんは、私を外へ出しはしない。母さんは、旅続きで家を空けることが多かった父さんを心配する以上に、私のことを心配して半狂乱になるだろう。そんなことになったら、マナさんがまた連れて行かれてしまう。それだけは、避けなければいけない。
私の決心は瞬時に固まった。・・・横穴の向こうの世界へ行くふりをして、男たちをまいて逃げればいいわ。
だいじょうぶ。私は足が速い。うまくいくわ。きっと、うまくいく。
「わかった。すぐに行くわ。だから、早くマナさんを病院へ連れて行って」
男たちに告げたら、急に、ひどい動悸がした。
それは何でかというと、怖いからであり、未知の世界を垣間見られる圧倒的な興奮からでもあったと思う。
昔から、「横穴の向こう」の者を見かけたら決してついて行ってはいけないし、話してもいけないと、強く言い聞かされてきたのに。
その禁を、今破ろうとしている。成り行きとはいえ、タブーを犯すのだ。
園や里南が知ったら、きっとびっくりするに違いない。
大丈夫よ、すぐに戻ってくるんだもの。
私は、心に言い聞かせた。
男たちについて、村はずれの道をずっと下っていくと、道はどんどん細くなっていった。
キサマの灯りも、長距離間隔にしかなくて、心細い。
男らの足どりがとても早いので、私は、ついていくのがやっとで、列の2番目を走るようにして歩いた。
ところで、今、何時なんだろう
そう思って、私はキサマを探した。時をみるには、キサマの光具合と形で判断すればよい。
霊光、明星、日の出、雲光、正午、白光、夕、宵、月、三日月、半月、満月、星、闇。
さっき通り過ぎたキサマの雰囲気からすると、今は「三日月」の時間だ。
いつもなら「三日月」の頃には、宿題をしているなと思った。
そこではっと気づき、人知れず頬が赤くなった。
いやだ!学校を卒業したのに、宿題のことを考えるなんて。
それから、まぶたの裏に心配している母さんの姿が浮かんだ。
母さん、気絶してしまうだろうな、私が「横穴の向こう」へ行くなんて知ったら。
「女、もっと早く歩け!」
男が背を無理に押したので、私は前にころびそうになった。
「んもう!急に押さないで。ころんでしまうわ」
「早く行かないと、間に合わねえだ!」
「何時までに行こうというの?」
「『満月』だ。着いたらすぐ、おまえを置いて、飯くわねばならん」
「満月!?」
びっくりだ。『満月』の時間までこのまま歩くだなんて、遠いなんてものじゃない。
『満月』が過ぎ『星』がきて『闇』がきたら、真っ暗だ。
家に帰れなくなってしまう。
横穴なんて言っている場合じゃない。
早く逃げなくちゃ!
別天地へ行け 12 [乃亜シリーズ♪(混沌的原案)]
12
家を出ると、外気が冷たかった。
私は、帽子を深くかぶり、マントの前紐を結んで、人声のするほうへ近づいた。
マナさんを連れた男たちは、ボロボロの薄いシャツと半ズボンを身にまとっている。
やっぱりおかしい。母さんの言った通りだ。保健局の人間はあんな格好はしない。
そして、人声がはっきりと聞こえてきた。
「騒いだって誰も助けちゃくれねえ、静かに着いてくるだ」
「どうか、どうかお許しを。私は、胸をわずらっています。発作が出ると、死んでしまいます」
「ばかいうでねえ!おいら達だって、おまえを連れて行かなきゃ、大変なめにあうだ」
乱れた足音と、男の声とマナさんの声がかわるがわる聞こえた。
「観念しろ」
「静かにするんだ。そうすりゃ、乱暴しねえだよ」
「お願いです・・・助けてください」
マナさんが連れて行かれようとしているのがこの先だとすれば、横穴しかない。
横穴から先は、居住区外だ。
いつの間にか、大勢の男たちがマナさんを台車に乗せようと待っていた。
私は、衝撃を受けた。
(居住区外へ行く気なの?マナさんを連れて?)
居住区外は、どういうところか・・・。
子供の頃から、絶対に近づいてはいけないといわれている世界には、何があるかわからない。
男たちが、マナさんを抱えあげて、台車へ乗せてしまった。
「待って!」
私は、反射的に叫んでいた。
「あ?」
「なんだおまえ?」
「着いてきただか?」
「マナさんをどうするの?」
男たちのにやけた顔には、うつろなおろおろとした表情が浮かんだ。
「どこへってそりゃあ、横穴の向こうさ」
「へっへっへっ」
「すぐ向こうさ。あんたも着いてくればいい」
男の一人が近づいて、私の腕を引っ張った。その時、マナさんが、悲鳴をあげた。
「だめよーーー!!!、来てはダメ・・・乃亜ちゃっ・・」
マナさんは、こちらへ伸ばした手をもがくようにして胸の前に持ってくると、そのまま台車から転げ落ちてしまった。
私は、男の手を振り放して、マナさんのもとへ駆け寄って助け起こした。マナさんは、青白い顔色で胸を抑えている。息が激しく乱れている。
「マナさん、大丈夫ですか!?皆さん、この人は病気なんです。早く病院へ連れて行ってください!」
別天地へ行け 10 [乃亜シリーズ♪(混沌的原案)]
12
父さんが、私に手紙を残してくれていた。
死ぬ前に言った言葉が、私への遺言のすべてじゃなかった。
ああ、母さん!どうして今まで、手紙のことを教えてくれなかったの?
でも、開けるのが怖い。何が書いてあるのだろう。
「乃亜ちゃん、ちょっと来て」
母さんの声がしたので、手紙を胸の内ポケットに入れて、立ち上がった。
「なあに?母さん」」
母さんは、収納ケースから、マントと帽子、大きなリュックサックを出しているところだった。
「それ・・・」
母さんは、泣いたように目を赤くしていた。父さんのことを、思い出した後はいつもそうなのだ。
「父さんのものよ。他にもいっぱいあるのよ。今まで、どうしても処分することができなかったものなの。これらみんな、どうしていいか、母さん、わからなくって」
父さんの旅の一揃いだった。
「捨ててしまうの?とっておいてもいいんじゃない?」
「そう、母さんも同じように思って、どうしたらいいのか悩んでいるの。でも、いつまでもとっておいても、もう誰も着ないものだから」
「旅に出るときには必要になるわよ。マントも帽子も、リュックだって」
「乃亜ちゃんは、旅になんか出ないでしょ?それに、これは、サイズが大きすぎるわよ」
「着てみてもいい?」
私は、青い帽子とマントを、試しに身につけて、行ってきますという真似をした。
「ほうら、あなたには、大きすぎるわ。父さん、大きい人なんだもの」
母さんが、父さんのことを現在形で話すところをみると、まだ父さんのものは捨てられない気がした。
大きすぎるマントは、裾が床までつきそうだった。サイズが合わなくて、少しほっとしたような、苛立ちのような気持ちを感じた。
「ねえ、これみんな、私がもらっていいかしら?」
母さんは、微笑みながらうなずいた。
身辺整理は、まず気持ちの整理がつかないと、できないのかもしれない。それとも、逆だろうか。身の回りから固めていくことで、決心は定まるものか。
別天地へ行け 父さんからの手紙 [乃亜シリーズ♪(混沌的原案)]
10
愛する乃亜へ
君は、今、どんな気持ちで、この手紙を見ているだろう。もしかすると、うらんでいやしないだろうか。そうでないことを祈る。君の住んでいる世界は、まだ正常だろうか。これから父さんが書き記すことを、よく読んで欲しい。
父さんは、子供の頃、土捜しの仕事をしていた時に、大きな石版のかけらを見つけた。かけらはいくつも出土して、組み合わせると、文章が浮かび上がった。それは読めない文字の羅列だった。周囲の大人はそれを、必要のない土くれだから捨てなさいと言ったが、父さんは、大事な宝物としてとっておいた。時々取り出しては、見たこともない文字が並んでいるのを眺めていた。不思議で刺激的だった。
それから、猛勉強を始めた。石版の文字をどうしても解読したい一心でね。高校へあがるころには、書かれていた文字を読みこなせるようになっていた。
石版の文字は、まぎれもなく古代文字で書いてあった。古代の人たちが、残してくれた遺物だったんだ。書いてある内容については、あまりにも荒唐無稽で、周りの人に話せば話すほど、気違い扱いされたが、父さんは、石版に書かれていたことが、真実かどうか確かめたかった。
父さんは学者になり、旅に出た。各地で出土した石版を集めてまわった。びっくりしたことに地下世界は、どこまでも続く迷路のような世界だった。灯りの届かない場所もあった。たいまつの灯りを頼りにして進んだが、とてもまわりきれるものではなかった。いいかい、それほど地下世界は複雑な構造になっている。
思えば不思議だね。ヒサマもキサマも、どうして光るのか、誰も道理がわからないんだ。学者たちが研究しているが、父さんはね、その謎は、この地下世界にいる限りは、わからないと思っている。
君の住んでいる世界は、おかしくなってきている。人口が減る一方だ。政府は、子供をたくさんつくらせることを奨励しているけれど、それはどうしてだと思う?人口の減少を防ぐためなんだよ。その弊害として、血縁者同士の結びつきが多くなってきている。それは、人類にとってとても危険なことだ。乃亜が大人になる頃には、世界は滅亡の兆候を帯びてくるはずだ。
誰かが、地上へ行き、未来に光をともさなければならないんだ。父さんは、悔しい。当然、自分がその役目を負うはずだと思っていたのに、この様だ。君が手紙を読む頃には、死んでいるのだからね。
乃亜は、父さんのことを大好きでいてくれたね。乃亜がもし、父さんのこの手紙の内容を読んで、理解してくれたなら、どうか、地上という名の別天地をめざしてほしい。君は、探究心旺盛な子だ。父さんは、幼い時分から君の未来の姿を、夢みていた。父さんは、乃亜に、世界を救う人になってほしい。
親の身勝手と笑うだろうか。石版に書かれていた内容と地下世界の地図は、神棚の後ろにしまってある。もし決心がついたなら、開けて読んでみて欲しい。父さんはいつでも、乃亜の最高の幸福を祈っている。そして、母さんのことを、いつまでも大事にしてやって欲しいと思う。
最後に、こんなに早くにいなくなってしまった父さんを、許してもらえることを切に願って、筆をおく。
2314年 1月23日 父さんより
別天地へ行け 9 [乃亜シリーズ♪(混沌的原案)]
9
私は、自室を出て、戸棚から、薄いお皿を2枚取り出した。
そこへ、母さんがやってきた。
「母さん、起きた?具合はどう?」
「すこし眠ったらよくなったわ。あなたが帰ってたのに、ごめんなさい。夕食にしましょう」
「ごはん食べられる?」
「ええ、今日はごちそう作ったの。いっぱい食べてね、乃亜ちゃん」
私と母さんは、いつもより豪華な食事を前に、乾杯した。
「これからは、母さんが楽できるように、私が家のことをするね」
「・・・あなたは、自分のことだけ、考えなさい。母さんのことはいいのよ」
「そんなこと言わないで。私だって、母さんの病気、心配なんだもの」
「母さんは、大丈夫よ。あなたに、渡すものが、あるわ。これは、父さんからの手紙」
私は、突然、母さんから、茶色い封筒に入った手紙を渡された。
「あなたが、中学を卒業したら、渡してほしいって、父さんに言われていたのよ。何が書いてあるかしらね・・・?」
「待って。あけてみる」
「いいのよ!乃亜。後で、一人になってから、ゆっくり読みなさい!」
母さんは、強い調子で遠慮した。
きっと、この手紙には、父さんが、私に託したかったことが書いてあるのだろうと思った。
そして、父さんのことには一切触れずに、夕食を終えた。
私は、夕食の片付けとお祈りを終え、自室へ入った。
別天地へ行け 1 [乃亜シリーズ♪(混沌的原案)]
1
「乃亜、16歳になる前に、地上へ行きなさい」
私の父は、そういい残してこの世を去った。享年、40歳だった。私が、14歳の春のことだった。
どうして、地上へ・・・?
私は母さんに聞いた。地上には何があるのかと。
母さんは、ただ驚愕し、悲しみにくれるだけで、何も教えてくれなかった。
地上へ行くなどということは、おとぎばなしのようなもの、ファンタジーの世界へ行きたいと願うようなものなのだ。
私達地下民族にとっては、地上が、ユートピアか地獄か、それすらもわからない。
異世界なのだから。
私は、調べるのをやめた。まだたくさんの時間があると思った。
16歳になる頃にはきっと、わかるはずだ。大人になったらきっと、なにもかも。
西暦2315年冬。私は、この日、4年制中学の卒業式を終えた。これから春休みに入るという楽しい帰り道を、親友2人とともに歩いていた。学校は随分と地底にあるが、さらに下っていった先に橋があり、川が流れているのだった。その川を渡る橋のたもとで、里南、園、私の3人は立ち止まった。
「明日からどうする?」
3人の中で一番幼く見える里南が、2人の顔を交互に見て言った。
凍りつくような風が通り過ぎた。あまりの寒さに、明日からの楽しい計画を相談するには不向きだと思った。
けれど、今日話しておかなければ、明日からは、みんなそれぞれの道を進み、ばらばらになってしまうのだ。
今日が、卒業式。もう学校で会うことはない。
そう思うととても寂しかった。
「園、もうじき誕生日だよね。お誕生パーティーやってあげるね」
里南がそう言うと、圏は、マフラーで顔を半分隠し、肩をすくめた。
彼は、青い髪の似合う背の高い少年だ。照れ屋な性格は、昔から変わらない。
「誕生会なんて、やらなくていいよ」
里南は、園の腕をつかんで、言い聞かせる調子で言った。
「15歳は、立志の年というのよ。すごく重要な年齢なんだから。いいでしょう?園のことお祝いしたいんだもん。あたしの時も、お祝いしてもらいたいしね」
里南は、昔から、園のことが好きなのだ。
短篇小説 W 別天地へ行け