別天地へ行け 6 居住区外は危険 [地下世界ヲ脱出セヨ 乃亜シリーズ♪]
6 居住区外は危険
私達は、蓮のいる場所まで走った。蓮は、背が高く、細身ですらっとしている。腕組みをして不思議そうに、大道芸を見守っていた。
「何、真剣に見てるの?」
里奈が話しかけると、蓮は、腕組みを解いて、視線を合わせる前に、笑った。
「そうでもない。ただ、見てるだけだよ」
そう言って、こちらを見ると、少し目を瞬かせた。
「どうした?何か様子が変だよ」
私は、蓮に話した。古びた石板を買ったこと。セラミックの皿が入った袋を盗まれたこと。派手な格好をした人が、ここを通らなかったかどうか。
「石板と交換したのかい?そういえば、君達が来る少し前に、走り去っていく派手な男を見たが、袋を持っていたかどうかは記憶にないな」
「私、ばかみたいよね。それで、その男はどっちの方へ行ったの?」
「向こうだ」
蓮が指差したのは、居住区外の方角だった。
「居住区外へ行ったというの?」
「おそらく。この狭い地区で、僕達が決して追いつけない場所といえば、居住区外だと思わないか」
居住区外・・・ 私達は、親からきつく言われている。子供は、居住区外へ行ってはいけないよ。1度行ったら、2度と戻ってこられないよ。
「取り返したいな」
蓮がつぶやいた。
「汚いやり方で、ひとの物を盗むのは、許せない」
静かに蓮は怒っているように見えた。
「私は、自分のばかさ加減が、許せないわ」
母さんが作った大事なセラミック。母さんがたくさん持たせてくれた分だけ、母さんの気持ちがこもっていた袋の中身。それを思うと、胸が痛んだ。こんな古びた石板なんかに気を取られて、情けない。
「こんな物、捨ててしまうわ」
今までぎゅっと握りしめていた石板を捨てようとした時、蓮が制止した。
「とっておきなよ。それ、古い石板だろう。古いものには、どんなものにも負けない価値があるんだ。金品では測れないような価値がさ」
蓮は、石板を手に取って言った。
「軽いね。こういう素材は、僕は今まで触ったことがない。ただの石や焼き物とは違って、なにか不思議な感じがする。ほら、ここの部分、よく磨けば、黒っぽく、光りそうだ。おもしろいね。こういうものの価値のわかる人が、身近にいる?もしよかったら、僕が買い取って、その筋の人に見せようか」
蓮は、本当にそう思っているのかわからないが、私を気遣って、石板を買い取ろうとしてくれているのだと思った。
「いいのよ、大丈夫。これね、父さんの祭壇にささげるわ。うちの父さんは、考古学者だったのよ」
その時、里奈が、訊き返した。
「うちの父さんってどういうこと?乃亜、父さんのことを知ってるの?」
「ええ」
「嘘!」
「嘘じゃないわ。父さんは、8歳になるまで一緒に暮らしていたのよ。といっても、ほとんど旅に出ていてうちを空けることが多かったけれど」
「そんな作り話をするなんて、乃亜らしくないわね」
私は、父さんのことを否定された気がして、むきになった。
「作り話なんかじゃないもの。里奈だって、父さんがいるでしょう?」
「いるわ。でも、『父さん』って人は、どこにでも存在していて、どこにもいないのと同じでしょう?」
「なにそれどういう・・・」
蓮が、間に入った。
「よそう。乃亜は疲れて混乱しているだけだろ。ちょっとのつくり話くらい誰だってするよ」
「なんで、乃亜のほうをかばうのよ」
「かばってなんかいないさ」
こんな時は、蓮がいると助かる。蓮は、里奈をなだめる役だ。
私は、昨晩の母さんの言葉をかみしめた。
(あなただけなのよ。身近に、父さんがいたのは)
里奈は、父さんのことをあんな風に言っていた。まるで、人ではないかのように。
(どこにでも存在していて、どこにもいないのと同じ・・・)
それではまるで、神様みたいだわ。
考え事をしていると、蓮が言った。
「とにかく、居住区外へ行くのは、危ないけど・・・横穴まで行かなければ大丈夫だから。僕が行って、見てくるよ」
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