店長の副業①
「紫藤君、頼まれてくれないかい」
「何をですか?店長」
「今夜の集まりのために、作ってもらわなくてはならないものがあるんだ。
君なら、きっと私よりうまく作れるから」
「えぇ!?そう言われてもですね」
僕は、紫藤健太。
ここは、僕が勤めている会社です。
会社といっても、従業員2人の小さい事務所。
それも、携帯販売のお店。
廃れた商店街、しかも有料駐車場にしか車を止められないという立地のせいで、昼間も客足は少なかったりします。
出社すると、まずお茶など飲みながら、店長と雑談をするのですが、
今日まさにその時、
話を切り出されました。
「いったい何なんすか?店が暇なら手伝ってもいいですよ」
さりげなくOKサインを出すと、
店長は、僕の肩をバンと叩き、
黒いアタッシュケースから、四つ折にした白い紙を出しました。
「これを、見てくれるかい?」
紙を開いて、目を通しました。
白いA4サイズの紙で、表も裏もまだ、何も書かれていない紙です。
「これ、何です?」
「ここに、書いてもらいたいんだ」
店長は、紙を机に置いて、右端から筆ペンで、一、二、三、四、五、六、と数字を書き入れていきます。
「六までなら書けるんだ。ここから先は、私にはとても無理だ・・・」
六の次は七に決まってるじゃないですか、と口から出掛かって、
「大丈夫ですよ、書けますって。店長、大丈夫」
もしかして、頑強だが中身は繊細な店長が、
最近、本業と副業でハードスケジュールをこなしているうちに、
忙しさのあまり、忘れっぽいを通り越して、神経っぽくなっているように感じ、
僕は、励ますように言ったのです。
「書いてくれるかい!それはそれは!嬉しいことだ。では、早速だが、まず、数字を書き入れてくれたまえ」
早速、お客さんが来る前に、七、八、九、十と書き入れました。
「店長、何番まで、数字を書いたらいいんですか?」
「十二まで書いてくれたまえ」
右端から順に書いていき、十二まで書いたところで、
本日初めてのお客さんのご来店があり、手を止めました。
携帯をなくしたとのことで、相談に来たのでした。
「いやぁ、俺、携帯落っことしてさぁ、参ったよ」
「見つからなさそうな所に落としちゃいました?」
「人不知(ひとしらず)の難所でさ」
「あの、海沿いの難所ですか?わぁ、あんなところまで、行っていたのですか?」
「今、工事中でね。崖くずれで、道がふさがってしまっていて、除去と補強していてね、そん時落としたんだろうと思うんだよね。
たぶん、もう、土砂の中で見つからんと思うわ」
「そうですか、また、いい機種も出てる事ですし、今日、替えていかれますか?」
「そうだねぇ、そうするか!」
工事関係のお仕事の方は、よく来店されるのですが、
大体、話が早く進むことが多いのです。
その後、機種変更7件、新規契約4件、情報の変更12件、修理関連3件と、
仕事をこなしていくうちに、
いつの間にか、終わりの時間になっていました。
「紫藤君、お疲れ様。そろそろ店を閉めようか。今日はもう、お客さんも来ないだろう」
「結構忙しかったですよね!いっぱい新規も取れて、よかった」
シャッターを下ろすと同時に、お腹がグーといい音で鳴りました。
お昼ご飯抜きだったので、相当お腹がすいてしまっていました。
「お昼、というか時間的には、お夕になっちゃいましたけど、お弁当、食べませんか?」
店長は、時計を見て言いました。
「うん。ところで、紫藤君、朝、頼んでおいたあれ、できてるかな。
忙しかったから、無理だったろうか?」
「ああ、数字だけ、書いただけになっちゃってます」
まさか、数字だけ書けばいいと思っていたと、僕が言ったら、他の人は、そんな訳ないじゃんと、思うかもしれないですよね。
でも、その時の僕は、それでいいのかなぁと、ちょっと思っていました。
何に使うものなのか、全く聞いていないし、書くといったって、よく分からなかったですし。
「実は、私の副業に関わってくることでね、どうしても、今夜必要なんだけれど、うまく、書けないどころか、全く思いつかなくてね」
店長の副業が、神主だという事を思い出し、これが僕に任せていいことなのかと、不思議に感じました。
携帯関連のことなら、話は分かりますが。
「店長は、まさか僕に、神主の仕事の手伝いをしてくれって言うんじゃないですよね?無理ですよぉ、それ」
「仕事そのものというより、もっと肝心なものなんだ。今日中に書いて明日の朝までに、海沿いの難所を越えた、人不知へ行って来なくてはならない」
「えっ!?海沿いの難所へ行くんですか?でも、あそこ今、工事中らしいっすよ」
「えぇっ!?本当かい?困ったな」
「あそこは、誰も近寄りませんよ。特に、夜行くなんて、外灯もないし、距離は遠いし、崖下へ転落したらどうするんですか?やめたほうがいいですよ」
店長は、唸っています。
時は刻々と過ぎていきます。
お腹が減って死にそうになってきました。
「店長、とにかく、お弁当食べちゃいましょうよ。食べながら、話聞きますから」
「悪いね、でも、そうしてくれると非常に助かる」
「いえいえ、今日は見たいTV番組もないし、家に帰るだけですし、つきあいますよ」
閉店作業を終えた私達二人は、それぞれ、お弁当の包みを開き、食べ始めました。
「それで、いったい、何をそんなに困っちゃっているんです?僕に、できることなら、ぱぱっとやっちゃいますよ」
店長は、さっきの白い紙を出して、どうにもならない様子で言いました。
「この紙に、私が書かなくてはならないのは、神様との約束ごと。
守るべき、決まりごと。私が守り、引き継ぐ、定め。
であるが、実は、誰にも、これが、神様への約束事だと悟られないように、決めなくてはならない。
これは、神様に、提出しなくてはならない、契り書なのだ」
「神様に提出する、契り書・・・」
紙に、数字だけを書いておしまいでいいだなんて、僕もいい加減でしたけど、店長は、さらに上をいっているんじゃ?
僕は、立ち上がって、デカンタに落としてあったコーヒーを入れました。
「店長・・・ちょっと、無謀じゃないですか。コーヒー、いかがです?」
「いや、いい。濃いコーヒーは、ダメなんだ」
「ほんとだ!すごく濃い~や」
店長は、思い詰めている様子。
「神主って、大変ですね。伝統にのっとって、どうにかならないものなんすか?」
「そういうわけには行かないんだ」
「こうなったら、思いつきで、適当に書いちゃったら、どうでしょう。だって、自分で決める約束事なら、自分で守れることを書いたらいいわけです。ぱぱっとやっちゃいましょうよ!」
僕が、ボールペンで書く真似をすると、店長は、一旦、こちらを見て、それから、白い紙にじっと目を落としました。
「思いつきで書くなんてことはね、非常に難しい」
「うーん!そうっすか。でもまぁ、真面目に考えすぎても、結果出ないこともありますからね」
店長は、空の弁当箱を片付け、白い紙を丁寧に折りたたんでアタッシュケースに仕舞いました。
「いやはや、ありがとう!紫藤君。人に頼もうとするなんて、どうかしていたよ。さあ!帰ろう。もう遅くなってしまった。明日、店をよろしく頼む」
「はい、お疲れ様でした」
僕は、明日から連休だったことをすっかり忘れていました。
それで、夜、店長に電話をかけたのです。
10回コールすると、ぷつっと出ました。
「もしもし、紫藤です。店長、すみません、こんな時間に」
「いや、構わないよ。すまないね、ハンズフリーにしてなかった」
「えっ、まだ、運転中なんですか?店長、まさか」
「恥ずかしながら、今、人不知へ向かっているところでね、まだ、契り書も、書いていない有様だ」
「大丈夫ですか?そちらの天気、悪くないですか?」
「いや、悪い。どしゃぶりだ」
「戻った方がいいですよ」
「うーん、戻りたいねぇ、しかし、神様との約束事を果たさなくてはね」
「人不知の難所は、土砂崩れが起きて道がふさがれているはずなんです。通行止めになってますよ、きっと」
「そうかい。困った。では、車を置いて、歩いて行くかな」
「無茶しないでください。それに、店長、明日また、出勤ですよね」
「そっちは、紫藤君に任せるしかないな」
「店長、僕、明日、お休みなんですから~勘弁してくださいよ」
「あ~そうだったか。冗談冗談!雨に濡れるといけないから、携帯は、電源を切って置いていこうかな」
「人不知って、電波入るんですか」
「うん、ここはまだ入り口だから、ようやく1本立つか立たないかだ。山の中腹では、圏外になるだろう。頂上へ出れば、またアンテナが立つんじゃないかな」
「頂上へ、行くつもりですか」
「おう、そうだ。ついでに電波も、見てこようか?」
「そういう問題じゃなくって、危ないですよぅ!絶対!早く、戻ってきてください。こっちだって、心配ですよ。こんな夜中に、もし、店長が遭難したら、どうするんですか。
店がつぶれちゃいます。ご家族だって、心配でしょうし」
「そういわれても、行くしかない」
店長の決心は、揺るぎなかったのです。
次の日、家族が捜索願を出し、人不知の難所の手前で、店長の車が発見されたのです。
神様の契り書が、完成しなかったのかも知れないと、僕は感じました。
僕なんかに相談するほど、追い詰められていた店長。
僕も、もっと、真剣に、考えるんだった。
そして、店長の家族が、僕に会いにやってきたのです。
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不思議な話。
何か私もこの世界に巻き込まれそうな・・・♪
by lamer (2009-02-03 21:05)
こんにちはぁ!lamerさん♪最近pcをかまってなくて、どうしよぅって感じです。のぞいていただいて、ありがとうございます(^_^d
by イマイ アオ (2009-02-03 21:40)