別天地へ行け 22 [乃亜シリーズ♪(混沌的原案)]
22
わたしは、逃げなかった。
薬が残っていたからじゃない。自分の意思だ。
愛するってどういうことだろう。これが、求愛の儀式だという。
こんなことで、愛は生まれるというのだろうか。
隣の女性が、身を引いた。
次は、わたしの番だ。
わたしは、首長の前にひざまずいた。手を組み、目を閉じた。
その時、卒業式の帰りに里南や園と歩いた地下道が、脳裏に浮かんだ。
そうだ。あの帰り道、里南は、彼と「夕月の誓い」をかわすことを切望していた。
里南は、いつだって素直だった。幼い少女のように。
園のことが大好きで、園だけがすべてで、これからもずっと想い続けていくのだろう。
今ここで、私は、彼女より先に、禁断の世界に足を踏み入れ、求愛の儀式を経験しようとしている。
私は、目を開けた。
皆が一挙手一投足を、見守っていた。
「わたくしは・・・」
首長が、間の抜けた顔で、こちらを見ている。その表情には、少しの英気も感じられない。
「わたくしは・・・」
自分の心に嘘はつけなかった。
「わたくしは、あなたを、愛していません!だから、ごめんなさい」
それだけ言うと、私は、女性陣の輪から抜け出して、駆け出すのに精一杯だった。
首長は、怒りもせず、笑うこともなければ、泣きもしなかった。
逃げるわたしを、追いかけてくるのは、別の男たちだろう。
心臓が悪くなるような乱れた足音。
胸の底をしめつける空気の薄さ。
見たことのない地下道の曲がり角。
薄闇のなかをうごめく見えない生き物。
まだ微かに灯りのともる道を、ずっとずっと走り続けた。
ただ、逃れたくて走った。なにものにも気をとられずに。
どこをどう走ったとて、まったく道のわからない迷路のような地下道を、闇雲に走った。
もう疲れた。意識なんて飛んでしまったほうが楽かもしれない。
疲れ果てて、足がもつれて倒れた。
ひざをすりむいたようだが、暗くてよく見えない。
手で触ると、どうやら血が出ているようだ。
頬に熱いものが伝っていることに気がついた。
涙だった。わたしは、泣いていた。
こんなところに一人でいること。
すっかり灯りは消え、真っ暗な闇の世界を待つだけの世界。
怖い。
ああ、もう嫌だ。
すべてなかったことにして、家に帰って眠りたい。
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