ももシリーズ 83 [照山小6年3組 ももシリーズ♪]
ももは、古びた玄関の前に立ちました。「白井」と書かれた表札は、雨に濡れてあやしく光っていました。
(しばらく来てないから懐かしい。おばあさん、元気だろうか・・・)
ももは、松平くんや先生を巻き込んで、いなくなったひめ子さんの居場所を探したことを、昨日のことのように思い出しました。
ひめ子さんの居所は、結局つかめずに終わり、それどころか、おばあさんが、認知症なんじゃないかってことになって・・・。
ももは、先生から、この件に関しては、興味本位で調べてはいけないと釘をさされたのでした。
その後、おばあさんを訪ねることは控えていたのでしたが、今はそうも言っていられない状況です。
自分の家の飼い猫が、お邪魔しているとなれば、連れて帰るのが使命ですから。
「ごめんください」
ももは、さっきねこが開けて入った玄関の戸のすきまに手をかけました。
とても狭い室内は、すぐに見渡せます。
薄暗い正面の壁には、掛け軸がかけてあり、
掛け軸の下では、なんと、ぶちねこのこももが、つめを研ごうとしていました。ももは、あわてました。
「そこで、爪といじゃダメ!」
すると、ぶちねこのこももは、振り返りざま、びっくりして、一瞬毛を逆立てましたが、ももを認めると、近寄ってきて、ひざの上に乗りました。
「もう、よそのお家で何してるの?すごい濡れちゃってるし、風邪ひいちゃうよ」
ももは、ランドセルからハンカチを出して、こももを拭いてあげました。
ももの髪の毛からも、雨のしずくが滴り落ちてきたので、同じようにハンカチでぬぐいました。
その時、家の奥から、声がしました。
「ひめ子?」
ももは、一瞬、寒いのを忘れて、声のしたほうを見ました。そこには、両手を前に出して、もものほうへ一足ずつ近づいてくるおばあさんの姿が、ありました。
その時、壁に飾られていた掛け軸が、下に落ちました。
「ひめ子・・・お帰り」
おばあさんは、かがみこんで、落ちた掛け軸をひろいました。
そして、歌うように、言うのでした。
「・・・階前に芍薬を栽え、堂後に当帰を蒔く。一花還た一草、情緒両つながら依々たり・・・」
ももは、ねこを抱いたまま、おばあさんに言いました。
「おばあさん!?わたし、ももですよ、もも!」
「もも・・・さん?」
「えっと、遅ればせながらこんにちは・・・すみません、雨宿りさせてくださいませんか?それと、このこはうちのこで、こももっていうねこなんです。勝手に上がりこんじゃってすみませんでしたっ」
おばあさんは、うつろな目を何回か閉じた後に、口元に笑顔を浮かべて言いました。
「あら嫌だ、私・・・ここで何を・・・ああそうそう、書道教室に行くのだわね」
「外は、すごい雨が降ってます」
「まだ時間はあるかしらねぇ、ひめ子の着替えを用意して、それから、お夕飯を一緒に食べるくらいの時間は」
おばあさんは、タンスから服を出そうとして、何枚も何枚も取り出しました。
ももは、困りました。おばあさんは、過去と現在が混乱しているようなのです。前に訪ねた時も、こんなことがあったのでした。
実在するひめ子さんに会ったことはないけれど、ひめ子さんは、本当は大人の年齢のはずだとわかっています。
けれども、おばあさんの思い出のひめ子さんは、ももくらいの年齢なのです。
ももを、ひめ子さんだと勘違いしているのです。
(どうしたらいいのかしら?こんな時・・・)
ももの脳裏には、松平くんの姿が浮かびました。彼なら、こんな場面は、難なく切り抜けるだろうなぁと思ったのです。きっと、彼なら、うまく大人に合わせて、困ったことも切り抜けてしまうのですから。
(こんな時、松平くんがいてくれたら・・・)
おばあさんは、急に顔をしかめて、涙ぐみました。
「そんなに濡れて風邪をひいたらどうするんだい。さあ・・・お前の着替えじゃよ」
「大丈夫です。あたし、平気ですから」
「そのままではいけないよ。さあ、体をふいて、着替えなさい」
手渡された服は、どうやら昔ひめ子さんが着ていたワンピースのようでした。
すこし厚手の生地で、ピンクの水玉模様がついていました。
袖を通すと・・・乾燥剤のにおいがとてもしみついていましたが、ももにぴったり合いました。
「さあ、ひめ子・・・」
おばあさんは、また少し、顔をしかめて、何かを思い出しているようでした。
目からは、涙があふれこぼれ落ちました。
「私は、恨んじゃいない・・・恨んじゃいない・・・」
「どうしたの、おばあさん!?」
その時、ぶちねこのこももが、おばあさんに向かってふーっと鳴きました。
おばあさんは、突然、カッと目を見開いて、奥の部屋に行くと、なにかにとりつかれたように、書道の道具を取り出して、墨をすりはじめました。
「ひめ子、ようく見ておれ!」
おばあさんは、床に白い紙をひいて、筆に墨をたっぷりとつけると、何やら文字を書き記して行きました。
ももは、おばあさんの様子を、しっかりと見守るのでした。
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